第30話

ノドカとのダブルデートの約束は日曜日だった。



当日の朝、あたしは普段より念入りにリップを塗り、普段は使わないマスカラを使ってまつげを強調した。



できるだけ大人っぽく、でも可愛いワンピースを選んで、ミュールをはく。



桜翔太くんは今年で19歳になるアイドルだから、隣に並んでも違和感がないように頑張らないといけない。



といってもあたしはまだ13歳。



どう頑張ってみても19歳の桜翔太くんとは兄弟にしか見えないかもしれない。



それでも、憧れの桜翔太くんの隣を歩けると思うとそれだけで幸せな気分だった。



「行ってきまぁす!」



あたしはリビングにいる両親に声をかけて、スキップしながら家を出たのだった。


☆☆☆


約束場所は学校の近くのコンビニだったけれど、あたしは一旦ひと気のない公園に入った。



小さくて雑草が生えっぱなしのこの公園を使う子供はいない。



近く取り壊されて空き地になるという噂も出ている。



公園内に入ったあたしは建物の陰に隠れてスマホを取り出した。



いよいよ桜翔太くんを出現させるとなると、途端に緊張してきてしまった。



「大丈夫。出てきたって、本物じゃないんだから」



自分に言い聞かせるために声に出してそう言うと、少しだけ悲しい気持ちになった。



いくらアプリで出現させてもそれは実際の桜翔太くんじゃない。



アプリ使用者なら誰でも手に入れることのできる程度のものでしかない。



そんな現実を突きつけられた気分になった。



あたしは沈み込みそうになる気持ちを奮い立たせるため、左右にブンブンと首を振った。



せっかくなんだから楽しまなきゃ損だ!



「よし、出現させるよ!」



あたしはそう言い、アプリを起動したのだった。


☆☆☆


桜翔太くんはスラリと足が長くて背が高く、並んで歩くと本当に兄妹みたいだった。



近くにいるだけで心臓がドキドキして頭の中が真っ白になりそうになる。



偽物でもこれだけ緊張するのだから、本人が近くにいたとしたら失神してしまうかもしれない。



そんなことを考えながら2人でコンビニへ向かう。



桜翔太くんは深く帽子をかぶっていたけれど、それでも道行く人たちは時々振り返って「さっきの人すっごいカッコ良くなかった!?」と、噂されていた。



本物のイケメンは隠そうとしても隠れないのかもしれない。



「ミキコ、手をつないで」



人の流れが多くなってきたところで、桜翔太くんが手を差し出してきた。



「えっ?」



あたしは一瞬とまどい、桜翔太くんの顔を見上げる。



帽子の中の顔は微笑んでいた。



「えっと、あの……」



彼氏役として桜翔太くんを出現させたのは自分だけれど、突然手をつなぐのは勇気がいりすぎる。



どうすればいいのかわからなくて戸惑っていると、桜翔太くんからあたしの手を握り締めてきたのだ。



一瞬、心臓が止まったかと思った。



「ほら、約束時間までもう少ししかない。急がないと」



そう言うと桜翔太くんは走りだす。



その手はずっと繋がれていたのだった。

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