『無職転生』の作品分析
かがみん☆かがみん☆
要素1. 二重一人称視点
ラノベにおいて一人称視点は、単に読みやすいというだけでなく、読者とコミュニケーションを取るインターフェイスとして重要な役割を果たすことができる。
読者とコミュニケーションを取るというのは、一人称視点の主人公が、読者に語りかけたり、他の読者視点のツッコミを提供するといったことだ。
というのも、今の時代はニコ動などの視聴体験からもわかるように、他の視聴者の反応(リアルタイムなコメント。ツッコミや感想の類。)が作品の視聴体験をより良くする。
その視聴者コメントに相当するものをラノベにも取り入れることで、読者の主人公への共感度を増強したり、あるいはそのコメント自体がエンターテイメントとして作用することもある。
例えば『無職転生』原作ラノベ1巻の作中では以下のような地の文(アニメ版ではモノローグとして表現されている)。
例1:”ゼニスの妊娠がわかった。弟か妹が生まれるらしい。家族が増えるよ。やったねルディちゃん!”
例2:”ということで、ロキシーと夜の座学をすることになった。おっと、夜のって付いてるからってエロいことをするわけじゃないぞ。勉強するのは、主に雑学だ。”
例3:”それにしても、あるとは思っていたが魔術学校か。始まっちゃうか? 学園編”
例1の「やったねルディちゃん!」はセルフツッコミだが、自分もルディという登場人物を一緒に見守っている視聴者の一人だという感覚も与える。
例2の「おっと(略)」は、読者が抱くであろう感想を予め指摘することで、読者をからかう。
例3の「始まっちゃうか? 学園編」は典型的な視聴者視点のコメントの先取り。
視聴者視点のツッコミを入れるには、そのツッコミを入れる主体が特別な人格や人物像であってはならない。例えば涼宮ハルヒのような特殊な人格を持つ人物を主人公にしたとして、その一人称視点で上に書いたような視聴者目線ツッコミを入れたら違和感しかない。いや、それはそれで面白いかもしれないが、一人称視点主人公はツッコミを入れる以外にも、情景描写や説明など役割もあるので、そこが落ち着かなくなる。
だから 視聴者層の平均値ともいえるような、なるべく尖った個性が排除された人格である必要がある。その結果、例えば『涼宮ハルヒの憂鬱』におけるキョンのような無個性で無難な人物・人格が一人称視点の主人公として重宝される。
しかし、これは逆に制約でもある。
視聴者層に近い人物の一人称視点導入のメリットを得たければ、その代償として主人公の個性を捨てなければならないからだ。例えば、幼い子供や美少女を主人公にした作品を作りたい場合、もうその時点で、平均的ラノベ読者層の一人称視点を使うことを諦めなければならない。もしそれをしたいなら、特殊な神様視点を使うか、状況を見守る他の人物にツッコミさせるしかない。
つまり、主人公の人物像の自由度が奪われる。
この問題を解決する方法の1つが二重一人称視点。
二重一人称視点とは、今適当に考えた用語で、一人の人物に対して2つの人格を外見上の人格と内面上の人格を分けて割り当てること。といっても多重人格というほど人格が乖離しているわけでもない。
例えば『名探偵コナン』の主人公は、高校生の工藤新一と小学生のコナン君の2つの人格が同居するが、あのくらいの乖離度。
きっとコナンが幼児化した瞬間はまだ工藤新一という人格が1つだが、新しい体で新しい社会生活と新しい人間関係を積み重ねれば、次第に自分の中にもうひとつの自分キャラ(対外用キャラ)が形成されていくはずだ。学校、家庭、職場ごとにキャラを使い分けている人は身を持ってこの感覚がわかるだろう。あるいはもっと単純に心の中にある「悪魔の囁き」も二重一人称視点といっていい。
『無職転生』では、転生後の主人公は幼い子供だが、二重一人称視点により、生前の主人公の人格と、新しい子供の肉体ルディとしての人格とを両立する。
つまり、子供という特徴を主人公に与えながらも、同時に、平均的読者層に近い視点も兼ね備えることで視聴者視点のツッコミが可能になっている。
結果として、子供の方の新しい人格(ルディ)をオンラインゲームのように操作するプレイヤーの主人公(前世の人格)が、まるでゲーム実況を視聴者に向けてするようなスタイルが成立している。
このスタイルは読者と対話的な態度を取ることで読者を孤独にさせず関心を引き続けるという意味では最も洗練された形式なのかもしれない。
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