第9話 嫌な予感
次の日から月岡さんが気になってしまう。それはそうだ、告白されたんだから。
おはよう、と言うにもぎこちない。情けない自分に少し落ち込む。
月岡さんは笑顔で「おはようございます」と言う。なんだろう、月岡さんの顔の周りがキラキラしている。これが俗に言う恋する女はきれいになるというやつか。
事務所では僕の
「榎本くんに電話よ。二番」
僕は「はい」と言い、ランプが光る二番を押した。電話をかけてきたのは姉ちゃんだった。どうしたんだろう、急用だろうか。わざわざ会社に電話をするなんて、いい話じゃないことは想像がつく。僕は一瞬、心構えをするかのように息を止めた。
「祖父ちゃんが倒れた」
やっぱり、嫌な予想は当たったと思うことによってダメージを減らしている自分が分かる。それは刹那だった。頭と心が重くなる。救急車で病院に運ばれてこれから手術だと言っている。僕はすぐに室長へ事情を話して病院へ向かった。
「落ち着いて、気をつけて運転して行くのよ」
室長は僕の目を見てはっきりと言った。室長の高い位置に結ったお団子頭が頼もしく見えるも、それは祖父ちゃんとなんの関係もなかった。
更衣室で着替えて駐車場に向かう。
落ち着け、こういう時は落ち着いたほうが早く着くんだ。運転して病院へ向かう途中、自分に言い聞かせていた。
病院の駐車場に着く。ボタンを押して駐車チケットを発券する。左側に「救急センター」の文字が見える。あそこに祖父ちゃんは運ばれた。
平日の午後、駐車場には車がたくさん停まっていた。空いているスペースはないか、ゆっくりと進む。運よく一つ見つけた。
歩いて救急センターの入り口に向かう。ここは初めて来た病院だけれども、駐車場に入った時一番に目についたのですぐ分かった。そういう目的でこの場所に作られたのだろう。
こんなに重苦しい扉は見たことがない、そう思うほど圧を感じた。息を整えて自動ドアを通る。
「榎本ですけど」
受付の人に名前を言うと「ご家族はあちらでお待ちです」と前方を
「祖父ちゃんは?」
「今手術中。父さんはこれから来るって」
姉ちゃんも母さんも不安な顔をしている。僕だってそうだろう。とりあえず座ろうかと思ったら病院のスタッフに声をかけられた。上の階に家族用の待合室があるのでそちらに移動するといいと言われた。
三階に上り、新たな待合室に入る。先客というか、祖父ちゃんより先に運び込まれた患者の家族がいた。テレビを見たりジュースを飲んだりしていた。テレビがあるだけで一気に色がついた気がする。父さんも来た。
売店で何か買ってきてもいいと言われた。僕は三人の要望を聞き売店へ向かう。
再び一階に降りた。売店というかコンビニが入っていた。大きい病院は規模が違うんだなと驚いたけれども、すぐに不安が戻ってくる。みんなが飲みたいと言っていた飲料と、お菓子を一つ買う。
病院に着いてから四時間、祖父ちゃんの手術は終わった。成功した。僕たちはありがとうございますと言った。
―手術のお礼等は一切受け取りません―
壁にはそんな張り紙があった。以前違う病院でも同じ張り紙を見たことがある。
お礼なんてするのはお金持ちだけじゃないのか? そう思っていたが実際この立場になって分かる。祖父ちゃんの手術を成功させた医者が神様に見えた。
帰宅したのは二十一時近かった。この日もなかなか寝つけなかった。
手術後の説明では、祖父ちゃんは今後介護が必要な状態になるかもしれないと言っていた。
介護のことを考えた。姉ちゃんは結婚したら家を出て行くだろう。この家に残る僕はもちろん介護をするのだろう。介護をして、漫画を描く時間はどうなるのだろう。
デイサービスの利用も視野に入れる。介護用品も買わなくてはならないかもしれない。昇級して稼がないといけないと思った。
次の日病院に行くと、祖父ちゃんは歩いていた。思ったよりも回復している。午後からリハビリが始まると言っていた。看護師さんも回復が早くて驚いていた。
祖父ちゃんが倒れた時、僕は色々考えたことを言った。元気なうちに、祖父ちゃんとたくさん話をしようと思った。
「好きなことをやれ。わしの世話で孫に負担をかけたらそれこそ死にたくなる。勝手に不幸を想像するな、わしの元気な姿は想像出来ないか?」
祖父ちゃんは、祖父ちゃんだった。僕は嬉しくて涙ぐんだ。
会社では健康診断の日が来た。祖父ちゃんはどんどん回復していって僕の唯一の気がかりは月岡さんだった。まだ返事をしていない。祖父ちゃんのことがあったので、多分察してくれているだろう。
今日も月岡さんの笑顔でどきどきしている。血圧の値が上昇しないか心配する。
視力聴力、採血や心電図。一年に一度なので未だに慣れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます