わりとよくある話らしい

hibari19

第1話 出会い

 そろそろかなぁ、と思ってカーテンを開けて見下ろす。

 細い道路の、その向こう。川沿いの土手。

 犬の散歩の人、ウォーキングの人、ジョギングの人。

 しばらく眺めていたら、見えてきた! 赤いキャップ。遠くからでも分かりやすいようにと、私がプレゼントしたものだ。渡した時には、これを被れと? と嫌そうな顔をしていたのに、このコースを走る時には欠かさず被ってくれている。律儀な人。

 少しずつ大きくなってきた。相変わらず綺麗なフォームで近づいてきた。

 マンションのエントランス付近に来た時、チラッと見上げたその顔は、間違いなく私の彼女だ。

 数十秒後、インターフォンが鳴る。

「また、階段駆け上がってきたの?」

 呼吸がゼーハーしている。

「うん、美穂さんに早く会いたくて」

「エレベーター使っても変わらないでしょ?」

「いや、3階までなら走った方が早い」

 言い切っている。


「まずはトイレ?」

「また、それを言う? 今日は大丈夫! シャワー借りていい?」

「やった! 泊まっていけるのね」

「はい、明日は休みなので」

 照れ笑いの彼女--紗奈を浴室へ見送る。

 

 私のマンションは、彼女のジョギングコースの途中にある。知り合って、付き合うようになってからは大抵寄ってくれる。ちょうど良い休憩スポットだから、と言って。休憩だけの時は、家までまだ走って帰るのでシャワーすることはない。


 シャワーの音を聞きながら、私は幸せを噛み締めた。



「なにボーッとしてるの?」

 突然、背後から抱きつかれた。

「わっ、紗奈! ちゃんと髪乾かして」

 ドライヤーを渡す。

「は〜い」


 付き合うようになって半年くらい。紗奈が泊まっていくようになって3ヶ月くらいかな。今では着替えや部屋着、歯ブラシなどの小物も違和感なく置かれている。


「さっきね、出会った時のこと、思い出してたの」

 ドライヤーを終え、ソファに座った紗奈に笑顔を向ける。

 途端に、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「思い出さないでよ〜」

「なんで? アレがなかったら付き合ってなかったんだよ?」

「それはそうだけど」

「可愛かったよ、紗奈」

「は? どこに可愛い要素が?」




 あの時も、今日と同じようにカーテンを開け外を眺めてた。

 すると、なんだか様子がおかしいランナーさんがいた。ヨロヨロと歩いていたかと思ったら、うずくまって動かなくなったのだ。

 これは大変だ! と思って、部屋を飛び出した。道路を渡って土手を降りて追いかけた。その時はお腹を押さえながら歩いていたから。

「あの、大丈夫ですか?」

「えっ」

 振り向いた顔は、何度か部屋から見かけたことがある、年下の女の子だった。

「具合、悪いんじゃ?」

「いえ、大丈夫です」

「でも、顔色悪いですよ?」

「いえ、ほんとに。ちょっとトイレに行きたいだけなんで」

「あっ、じゃ、おトイレ使って! うち、すぐそこだから」

「いえ、そんな、ファミマで借りますから」

「ファミマ? 200mくらいありますよ? ほら、うち、このマンションだから」

 ちょうどエントランスの目の前に差し掛かっていた。

「でも、大の方なんです」

 女の子は苦しいのと恥ずかしいので、半泣き状態だった。

「だったら尚更、うちに来て! なんならシャワーも貸すよ?」

「そんな、シャワーなんてとんでもないです」

「じゃ、トイレだけね! はい決まり」

 ちょっと強引だったかな、と思ったけれど、放ってはおけない。

「すみません。では、お言葉に甘えて」




「初対面の歳上の綺麗な人の家のトイレ借りるなんて、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだからね」

「今じゃ、もっと恥ずかしい事してるけどね」

「うぐっ」

「ふふっ、やっぱり可愛い」

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