【連載第一弾#7】First Contact

『そこの君だよ。”地球人”くん。』


 知らんふりをして通り過ぎようとしてみたが、明らかに僕に向けた言葉だった。

 僕の事を地球人と呼んでいる。

 地球の事を知っている?


「ぼ...僕の事ですか?」

『そうだよ。君以外にここに”地球人”がいるのかい?』


 やっぱり僕の事だ。

 地球人って事を知っているのは、衛兵総長のサトーだけだ。

 地球にも宇宙船にも帰れず困ってはいるが、あまりこの星で地球の話をするのは、得策ではない気がしていた。

 何しろ、あの扉の事を話したら笑われるに違いない。地球の存在だって知られていないはずだ。


「地球?知らないなぁ。」

『え、何言ってるのよ。君は地球人で間違いないよね。知ってるよ。』


 どうやら確信があるらしい。しらを切っても聞き入れてはくれなかった。

 もしかして、あの衛兵総長の知人?それなら合点が行く。


「もしかして、サトーさんのお知り合いで?」

『えっ?サトー?...あ、あぁそうそう。サトー、サトーね。』


 やっぱりそうだった。地球人の話しをしてしまったんだろうか。

 口は堅そうな人だったのに。

 でも、口止めしていたわけではないし、偉そうな事は言えない。

 むしろ拘束を解いてくれたり、仕事を与えてくれる。助けて頂いた身だ。


「サトーさんには、この街に付いた時にお世話になりました。もし、お会いしたら、地球人が感謝していたとお伝えください。」

『うん、いいよ。ところでさぁ…』


 少し引っ掛かりがあるようだ。言いにくいのか。


「なんでしょう?」

『あー、ここじゃ何だから、部屋に来る?』

「はぁ。」

『じゃぁ、マスター!お勘定!』


 突然、部屋に誘われた。

 声を掛けて来たのは、まだ若い女だ。二十歳前後だろうか。


 部屋に誘われてホイホイ付いて行ったらまずいんじゃないか?と思いつつも、僕の事を地球人だと知っている人に興味が沸いてしまっていた。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 彼女の部屋は、僕の部屋のちょうど向かいだった。


『どうぞー』

「お邪魔します。」


 年頃の娘がいる父が、娘とそう歳も離れていない女性と二人きり。

 良くない。これは良くないぞ。


 声を掛けてもらったから来たが、話をしたらすぐに部屋を出よう。


「ところで、何か言いかけていましたが、何でしょう?」

『話しなんだけどさ、、、あ、お酒飲む?』

「はぁ…」


 彼女のペースに巻き込まれている気がする。

 お互い初対面。どんな人かもわからない。


『ウイスキーでいい?』

「はい、ウイスキーは好きなので。」

『はいよ。』


 グラスに注いだウイスキーは、ロウソクの火に照らされ鮮やかな色を放っていた。


ー カツン ー


『”地球人”に乾杯』


 歓迎されているのだろうか。何かからかわれているような気がする。

 ストレートのウイスキーは久しぶりだ。

 ましてや、宇宙で漂流していたので酒など飲めるはずがない。


「美味しいですね。少し独特の辛さがまたいいですね。」

『ニビアには酒造がたくさんあってね。これは一番近い川のとこにある酒造のお酒だよ。』

「そうなんですね。こんなお酒何年ぶりかです…。」


 お酒が長年入っていなかった体に染み渡る。

 この宇宙に放り出される日、何が起こったのかはわからなかったが、帰り道で安い発泡酒を飲んだ。そのとき以来だ。


『あれ?もう酔ってる?』

「しばらく飲んでなかったからね…」


 体も頭も言う事を聞かない。重く感じ始めた体を椅子に全て任せて力が抜けて行ってしまった。


『ふふふ、おやすみ。”地球人”さん。』


 瞼の重さにも抗えず、意識が遠のいて行った。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


『お父さん、起きて。』


 ん?これは夢かな。目の前に、懐かしい顔が見える。

 わずかに開いた瞼の隙間からだが、娘がこちらを見つめていた。


「...っ……っ...。」


 声は全く出ない。口もほとんど開いてない気がする。


『お父さん!?お父さん、起きてる!?』


 さっきの心配そうにこちらを見ていた娘の表情が驚いたものに変わり、少し慌てているように見える。

 今、気づいたが部屋が全体的に白く、カーテンだけが淡いクリーム色だろうか。ここは病院かもしれない。


『目開けれる?!お父さん。私だよ!』


 口も動かず呼吸は浅い。ほとんど体の感覚もなく、娘の声に耳を傾けている。

 重いながらも瞼だけが動き、アイコンタクトで合図はしてみたが、これで何か伝わるだろうか。


『ずっと寝てたんだよ。もうすぐ二年になるかな。』


 少し表情が柔らかくなった娘の表情を見て、心が少し穏やかになった。


『お母さんに連絡してくるね!』


 個室の扉を開き出て行った。最後にウインクをして。

 僕が地球に帰らなければならなかった理由だ。

 今まで諦めず想い続けていた価値があったな、と思った矢先の事だった。


ー おはよう ー


 脳に直接語り掛けてくるような声が響き渡る。


ー 早く、こっちだよ ー


 声がした瞬間に、強制シャットダウンのように瞼の重みが増し、ブラックアウトした。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 夢だったのだろうか。妙に現実的な夢だった。


 目覚めた時、目の前にいたのはウイスキーを酌み交わした女性だった。

 しかし、さっきと雰囲気が違う。


『おかえり。早速だけど、あなた地球からどうやって来たの?』


 不思議な質問を投げかけて来た。しかも、さっきの軽快な口調ではない。

 まだ、酒で頭がぐるぐると回っているような感覚がある。


「えっと...なんでそんな事聞くんですか?」

『いいから、ここにどうやって来たのか言って。』

「扉がこの星に繋がっていて...すぐに街の外れまで来れたんです。」

『扉はどこ?』

「わかりません...昨日探したら、無くなっていました…」


 僕は何故答えてしまっているのだろう。

 違和感を感じ続けているのに、質問に全て答えてしまう。


『じゃあ、その扉は...どこに繋がってるの?』

「僕の乗っていた宇宙船にドッキングして来た何かです。」

『その何かは、どこにあるの?』

「わかりません。宇宙船に近づいて来て、ぶつかったかと思ったら、ドッキングしていました。そこの戸棚の扉がここに繋がっていて...」

『やっぱりまだあったんだ…。』


 ウイスキーを酌み交わした女性は、何かに気づいたようだ。

 宇宙船について何か知ってるんだろうか。


「もしかして、宇宙船に戻れる方法はあるんですか…?地球にも...。」

『地球に戻る方法はわからない。でも、宇宙船になら戻れるよ。』

「本当ですか。すぐにでも戻りたいんですけど…」


 体の重さは抜けないが、宇宙船と聞いて戻りたい意志を口にした。さっき見た夢か現実かもわからない状況で、改めて帰らなければという気持ちが強くなった。


『明るくなったら、見に行こうか。扉のあったところ。』

「はい。そうしましょう...」

『じゃ、”地球人”さん。少し寝ておきなよ。』

「わかりました。わっ...」


 椅子から立ち上がろうとして、足がもつれてしまった。

 結局椅子に逆戻りだ。


『あぁ、私が出て行くから、ここ使っていいよ。じゃあね。』


ー バタン ー


 聞き返す間もなく、部屋を出て行った。

それと同時に、部屋のロウソクの火も消えた。風が吹いたのだろうか。


 そのまま、静かに椅子に沈み込んで眠ってしまった。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


ーーー ナルサス衛兵施設 ーーー


ー ガチャ ー


『総長、お呼びでしょうか。』

「あぁ、先日の話しで聞きたい事があるんだが。」

『な、何の事でしょうか?!』

「お前、守衛の仕事を誰かに任せていたな。この街に初めて来たどこの誰かもわからぬ者に。」

『あーいやいやいやー...はい。申し訳ありません。』


 衛兵総長の仕事は、失態を犯した部下を戒める役目もある。

 先日、地球人に衛兵の仕事を任せた部下を呼び出したのだ。

 ただ、あの日は拘束している者がいなく、牢屋は空っぽ。

 夜閉鎖しても良かったのは衛兵団の共通認識だった。

 従って、叱る為に呼び出したのではないのだ。


「まぁ、いい。あの日の事はいい。それより、仕事を任せた相手の話を聞きたい。あの者がどこにいるかわかるか。」

『はい。恐らくですけど…ナルサスの入り口にある森のクラゲ亭だと思います。そこで紹介してもらってので...。』

「そうか。ありがとう。下がっていい。」

『失礼しました。』


 何故聞いたのかというと、あの”地球人”がやはり気になる。

 すぐに戻る事は...恐らく出来ないはずだ。

 あの様子だと、事情を知っている人も居ないだろう。


「様子を見に行ってみるか…」


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


『おきゃくさーん。おーい。起きてー。』


 頭が鉛のように重い。瞼もなかなか開いてはくれなかった。


『大丈夫ですか。ここお客さんの部屋じゃないですよー。』

「あ、あぁ、、、はい。ごめんなさい。」

『誰も入ってない部屋なんですけど、自分の部屋に戻ってくださいねー。何で開いてたんだろ...』


 親切な従業員は、ぶつぶつ呟きながら階段を下りて行った。

 注意はしていたが、怒りはしないようだ。本当に親切な人だ。


 重い体をやっとの思いで持ち上げ、自室で顔を洗う。

 この土地の文明の力なのか、蛇口をひねればちゃんと水が出て来た。

 海も山もあり、話を聞く限り川もある。

 豊かな街なのだと、改めて確認できる瞬間でもあった。


ー コンコン ー


 不意にノックの音。

 もしかして、昨晩の女性か。この部屋を知っているのはここの従業員か彼女くらいだ。


「はい。開いてますよ。」


 何気なく返したのと同時に、開いた扉の前には、衛兵総長のサトーが立っていた。

 まさかの来客。衛兵の総長ともあろう方がこんな所まで来る事があるのだろうか。何かしでかしてしまったのかどドキドキしながら声を掛けた。


「あれ?何でここを知ってるんです?何かまずい事しちゃいましたか…」

『いや、この街で困っているんじゃないかと思ってな。どうだ。不自由はないか。』

「いえ、今のところは何とかやってます。わざわざこんな所まですいません。」

『いいんだ。』

「そうだ。もしかしたら、地球に戻れるかもしてなくて。」

『そうか、良かったじゃないか。』

「はい。もし、これが最後なら、ありがとうございました。」


 まだどうなるかはわからないが、サトーとの出会いがなければ、今頃野宿で途方に暮れていただろう。感謝してもし切れない。


『帰れるといいな。』


 この星から離れる方法に関して何か詮索されるんじゃないかと思ったけど、何も聞き返しては来なかった。


「まだわからないですけど、、、お元気で。」

『元気でな...”地球人”。』


 最後の”地球人”に何か別の感情がある気がしたが、そのまま衛兵総長は立ち去って行った。


 それから間もなく身支度を終え、もう帰って来るかわからない”森のクラゲ亭”を後にした。

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