100日後に別れるかもしれないゲイカップル
浅原ナオト
Chapter0:顔合わせ
終わりの始まり
「全国の自治体で導入が進められている、性的少数者の人権を尊重するためのパートナーシップ宣誓制度の運用が、本日からK市でも始まりました」
前髪を斜めに流した女性アナウンサーが、机の上の原稿を読み上げる。映像がローカルテレビの撮影スタジオから、市役所の窓口に切り替わった。市役所職員の女性と若い男二人が机を挟んで向かうあう画に、アナウンサーが語りを重ねる。
「最初に訪れたのは、男性二人の同性カップル」
カメラが寄った。丁寧になでつけた黒髪が真面目そうな印象を抱かせる青年と、薄茶色の短髪とあご髭がワイルドな印象を抱かせる青年。対照的な二人だが、顔つきはどちらも若々しい。そしてどちらも目鼻立ちがはっきりとしており、高性能なテレビカメラのアップに耐えられる程度には、整った造形だ。
「二人は今、市内のマンションで生活を共にしているそうです」
映像が、また大きく変わった。場所は市役所の廊下。映っているのは先ほどの青年たち。黒髪の青年はパートナーシップ宣誓書を提出した証明書をカメラに向かって掲げ、誇らしげに胸を張っている。
レポーターの質問が始まった。黒髪の男が問いに答える。
――今の気持ちはどうですか?
「嬉しいです。これからは自信をもって『恋人』だと言えます」
――これまでは自信を持てなかった?
「認められていない、という感覚はありました。僕たちはどこにでもいる普通の恋人同士なのですが、周りはそう思ってくれないので」
――こういう制度がもっと増えて欲しいと思いますか?
「はい。他の自治体もどんどん続いて欲しいですね」
収音マイクが、今度は茶髪の男に向けられた。
――彼氏さんも同じ気持ちですか?
「……あー」
茶髪の男が視線を泳がせた。人前で話すのにあまり慣れていない様子だ。
「俺は認められるとか認められないとか、あまり気にしたことないです。他人が決めることじゃないと思ってるんで。まあ――」
右手の親指を立て、茶髪の男が隣を示した。
「こいつが嬉しいなら、嬉しいですよ」
黒髪の男が、さっと顔を伏せた。
薬指にリングを嵌めた左手で口元を隠し、その裏で照れくさそうに笑う。その仕草は、先ほど彼自身が口にした言葉よりも、彼の喜びをずっと雄弁に伝えていた。対して彼の恋人は、当たり前のことを当たり前に言っただけという風に泰然自若としており、それも彼らの幸福な関係を示すのに一役買っている。
映像が撮影スタジオに戻った。アナウンサーが次のニュースを読み上げる。そのほころんだ唇と柔らかな声が、つい先ほどの青年たちの振る舞いと同じように、彼女の想いを視聴者に伝える。
いいもの見た。
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