JKのときに書いたやつ

@yamome

第1話




テーマ:崩壊後の日本





2085年。

とあるパラレルワールドの一角、「旧東京」


とある年を境に文明がねじ曲がってしまったこの世界では、グローバル化に向け庶民文化を醜いとしたある政治家が国の上についてしまったために、オリンピック前の2019年に大幅な記憶改変と人民統制が行われた。


タピオカ含むファストフードは外国のものを覗いて廃止。スマートフォンは電話メール仕事以外の機能を外されソシャゲの概念も死滅。


廃止、廃止、廃止の連続。最盛期の「東京」は、1度殺されたのだ。


だが、今はその派閥も滅び、結果として負の遺産のみが残った。そうするとどうなるか?……最盛期の世代を知る人が、ほぼいなくなってしまったのだ。


そして今、彼らはそんな思い出を懐かしく思いながら余生を過ごしている。

不満しかない人生を、閉じようとしている。



「ばあちゃん、また昔の話聞かせてよ」



縁側で涼む年老いた一人の女に、人懐っこく少年が話しかける。


「ええよ」


少年の低い視線に合わせるように目線を下げると、それに気づいたのか子供は手早く靴を脱いで隣にひょいと腰掛ける。


「昔なぁ、マックで女子高生が話しとった話なんじゃがなぁ」

「おばあちゃん、その話また聞いた気がする」


何も知らない無邪気な子供の摘発に、いつもはまぁまぁと流すはずだったのだが。今回はなにか譲れぬものがあったようで、緩やかに垂れた目尻をキリッと釣り上げて、老婆は言った。


「いんや、違う話じゃぞ。昔は真っ向に言いたいことも言えんでな。Twitterでもこんな話の始まりをして、自分の言いたいことを言うたのは、普通のことだったんじゃ…あぁ、懐かしい…」


「ふぅん、ついったー?って何かわからないけど、結構昔も今とおんなじなんだね」


「そうじゃ。それでなぁ…」







「北島のばあさん!」


ナスのプランターの奥から、男の声がした。

どうやら老婆と少年どちらにも聞き覚えのある声のようで、何だなんだと声の方へ駆け寄る。

そこに居たのはスーツを着崩したまだ若い青年。酷く息が荒れているのを見ると、ひどく慌てているようだが、老婆は何かを察したようだった。





「まさか、発掘されたのかい?」




古代の、彼女らの文明の発掘だ。


冒頭の政治家が滅びてからは、彼女らの世代の者達の訴えもあって文明の再興が進められていた。

焚書から逃れた本や、取り壊しを免れた建物、または区自体の封鎖によって姿を消した文化など。

庶民の文化は歴史書には残されないため、彼女ら以外に判別は難しいのだ。



「あぁ、そうだ。さっきまでは鑑識が見定めてたが、“時の人“の立ち入りが今許可されたからよ、意見を聞かせて欲しいんだ。頼まれてくれるか?」


彼女たち80以上の老人は「時の人」と呼ばれ、最盛期の日本を知る数少ない人物だ。

それにより、文明の後が見つかれば国家権力より先に稼働を必要とされる。


老人たちもそれを希っているので、派遣された担当の社員がこうやって早急に対応しているのだ。


「ええ。ええ。場所はどこだい?都内かい?それとも都外?」

「聞いて驚け、“旧都内“の“シブヤ“地区の一角だ!」

「まぁ…!」



急いで行かなきゃ、と子供に留守を任せ、

黒いワゴン車に飛び乗る___実際飛び乗ったらきっと骨が折れてしまうから、できるだけ急ぎ目に、乗る。青年もそれをわかってか、老婆をゆっくり見守り、完全に乗り込んだところでアクセルを更す。







「硬い投擲用のボールに靴、そして採点の道具など…今は闘技場ではないかと予想されています」



逸る気持ちを抑え、老婆は車から降りた。

109の看板は少し錆びていて、バリケードも壊されていないが、確かにあの放課後の面影を感じさせた。


「ほんとに、ほんとうに、渋谷だ…」


「本物ですよ。今回許可が出たのは、この建物なんですが…」


「北本様!意見をお聞かせ頂きたく…」


呼び止められた声に視線を這わすと、そこには今回発掘された文明があった。

予想もしていなかった展開に、思わず声を漏らす。






「………"ROUND-1"…」






数十年前に作られた封鎖用のバリケードが壊され、吸い込まれるように中に入る。あの頃は流れで出していたメンバーズカードを出す動作も忘れずに、ゲートの奥に入った。監査の奇怪なものを見る視線が全身に刺さるが、気にしなかった。気にする余裕もなかった。


記憶が蘇る。


こんなにも懐かしく蘇るのは、この前コールドストーンの歌詞が旧跡地のバックヤードから発見された時以来だろうか。いや、それ以上かもしれない。

みんな、大衆の娯楽など歴史にはしないから。



「ボウリング、カラオケ、エアボールサッカー……ポスターまでそのまま?」



薄暗い室内。カウンターの奥に、流行りだったアイドルが宣伝をした古びたポスターが見えた。


「すいません、電気を通しても支障はないでしょうか?何か動くとか」

「ない、ないです。だから早く___」


数瞬の後、ROUND-1に電気が通る。

自動ドアはひっきりなしに開閉を繰り返し、デンモクは充電完了のサインを鳴らす。

ボウリングの電子スコアボードは誰かの苗字らしきカタカナとスコアを映したまま、静かに次のゲームを待っている。


「……この部屋」


ふと、よく来たカラオケの個室に入る。


気まぐれに開いた一室は、電気が通ったばかり。埃を被ったデンモクが音を立てて動くのを見て、老婆…いや、少女の涙腺は崩壊した。


まだJKだった頃のこと。画面がバキバキのスマホをみんなが持っていて、子供の将来の夢はYouTuberだった時のこと。

タピオカを買い歩いては店員の真似をしてストローを容器に刺し、TikTokに青春のムービーを細切れに上げたこと。

文明崩壊前の「平成最後」で「令和初」の時代を鮮明に思い出した。


数年前に逝った友に、見せてあげたかった。


泣き疲れて部屋を出ると、先程玄関前で会った鑑識の男が駆け寄ってくる。手に何か持っているところを見ると、私の知識が必要ならしい。



「北本様、他にもこんなものがあったんですが……拝見していただけますか?」


「あ、是非……」


手渡された写真を見ると、そこにはこれまた衝撃的なものが映っていた。


いや、まさか、なんで彼が、



「これは、どこから…?」


「隣の建物です。まだ、その建物の用途は分かっていないのですが…」


これと同じようなものは、いくつか。



「…これ、貰っても?お金は払いますから」


「え、いや、お金なんて」


「払う、払います。払わせてください」




彼女の目から、泣き疲れて枯れていたと思った涙が溢れ出す。だって、だって____愛しい彼がここにいるのだ。


授業中、先生の話に興味をなくして、ちらりと覗き見た彼の顔。

手を振ればはにかみ返してくれた、愛しの彼。

模試の期間中は友人から送られてきた彼の写真を見て元気を出した。


きつく胸が傷んだ。私はここにいたのだ。あの日も、きっと。




「また、会えたね……」



旧渋谷の、誰もいないスクランブル交差点のど真ん中。


そこには腰の曲がった老婆の姿はなく、責務を全うする「時の人」の姿もなかった。



忘れ去られた過去などまるで無かったかのように、"今"に生きるただの_____恋した少女が、ただ1人座り込んでいた。


愛しいものの写真を大事に抱えながら、泣き崩れる姿だけが残っていた。





____________________


数年後、また文明は少し進んだ。


タピオカミルクティーを啜りながら、あの時留守を任された少年はため息をつく。



「タピオカって生物の教科書に出てきてたよね」

「こら翔平、ばあちゃんに殴られるぞ」


最近発掘されたのは"タピオカ"というおやつ?の1種らしい、飲み物に混ぜて乗る食べ物。翔平はあまりこれの見た目が好きではない。



「ばぁちゃん確かにタピオカ飲みたいって言ってたけど、さすがに殴られなんかしないよ」


あれから3年、"北本のばあちゃん"は、亡くなった。

89歳の大往生だった。



「いいんじゃない、愛する人に会えたんだから」


翔平の母はそう言った。

何度か見せてもらった写真は、どう見ても隣に座るおじいちゃんの若かりしころのようには見えない。



「あれ、おじいちゃんじゃないよね」


「当たり前だろ」



留守番したあと大事そうに持ってきた写真。

あれを持って帰ってきてから、おばあちゃん__有紀子は、見違えるように明るくなった。


アイスの盛られたパンケーキを食べ、カメラで自分を撮っては編集で目を大きく肌を綺麗にして、配布されたスマートフォンの機能で謎のアプリの模倣をしていた。


絵日記のようなものをブログに更新し、

"こっちはツイ垢" "こっちはインスタ垢"

と笑顔で話していた。


ぼけてしまったかと思ったが、政府の人が言うには重要な情報だったらしく、毎日その行動を推進した。

結局それがなんなのかは分からなかった。



「なんであんなに、あいつなんかに、興味持ったんだかなぁ」


おじいちゃんと呼ばれた老人は電子タバコ

__これは統制の対象にならなかった___を吸うと、忌々しげに息を吐き出す。


「…ねえ、あの建物ってなんだったの?写真館?」

「なんだ、知らねえのか」


老人は、深呼吸でもするように電子タバコの煙を吸って言った。








「タワーレコード」






あの時鑑識から見せられたものは、KーPOPのアイドルグループの、さらに初回限定版握手券付きアルバム。


焚書によって彼女の恋が燃やされたあの日から、逢瀬は叶わぬばかりだった。


だが、逢えた。



1枚の円盤と写真。70年越しの逢瀬。



あのとき彼女の青春は動き出していたのだ。

JKを辞めるまでの、ちょうど3年分。

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