5 友人の変化
秋口、浅葱はまた彼と会った。彼はその日、浅葱がいつまでも口を利かないことに加え、何かに責められているとでも言いたげな気弱な態度だった。いつまでも浅葱が素っ気ないといったこの険悪な雰囲気に耐えかねて「二藍またに会いたい、二藍に会いたいんだ」とくり返して話した。――男だけの学校でやっていくにつれて、彼は浅葱に弱音ばかりを言うようになった。しかし浅葱は従来それを許してきたつもりだった。彼がよそで強がる代わりに、浅葱は彼の弱さを認めていたのは、中学のころに不良仲間とツルむ彼を見ていた時と同様のことだった。しかしそれは浅葱自身が弱いためにもあったし、それとともに彼が強がる装いとの裏腹に本当は弱い奴だという事実を知るのは、自分だけなのだという、どうでもない優越感のためにもあった――。
一方、浅葱は自分自身弱いことを認めながら、それで何が悪いのかと思うことがあった。それが縹との決定的な違いだった。そしてそのために二藍と浅葱は決別した。それは顔も合わせなければ、話しかけもしないという単純なことだった。浅葱と二藍はそれだけの関係だった。そしてまた、縹が話すには彼の方でも二藍とは会えなくなったのだということだけだった、
「なあ、二藍に連絡を入れてくれないか。なあ」
浅葱は事の顛末を、自分の意見として口にするのも面倒だった。縹に言われるがまま二藍のアドレスにメールを送った。当然のように返事はいつまでもなかった。浅葱は白々しい顔で縹を見た。縹は中学のころの女性との文通について後悔し始めた。
「二藍、あれ見たんだよ、ほら、前に話した手紙」
いつしか聞かされた手紙がいまだに続いていることに少し驚きもしたが、それよりもこれほどに参っている縹を見るのも浅葱には初めてのことだった。そしてまた浅葱は、突然の心配に襲われた。彼がかける女性への思いは計り知れなかった。
彼はまた浅葱に言うのだ。
「また女の子を、連れて来てよ」
浅葱が拒むと彼は「ほら、ほら」と言って数枚の千円札を浅葱の手に掴ませた。コレは受け取れないというと〝良いんだ、良いんだ〟と、浅葱が返そうとするのを拒んだ。そして浅葱は、彼がそうすることで、まるで女を売っているのかという気分にさせられたのだ。けれども浅葱からしてみればそんなつもりではなかった。縹の異様な状態を見兼ねた彼は、ただ単に縹を励ますために二藍とともに彼を訪ねただけだった。しかしその真意を彼は裏切る形で二藍と付き合ったのだ。だからと言って、その後のことは二人の勝手な振る舞いであったのだから、浅葱は単に縹の強欲のためのゴタゴタに巻き込まれただけなのだとシラをきった。
二藍を取り戻したければ自分からそうすべきだ。それができないのだから、縹はこうして頼むのだろうが、しかし浅葱にもそれはできないことだった。もともと浅葱はふたりが付き合うことに関してまで賛成はしていなかったのだし、触れる気もなかったのだから……。しかし浅葱がそういうふうに思って嫌がるのとは裏腹に、縹はその話ばかりし続けた。
また別の時、縹は浅葱にメールをよこした。
「浅葱、死にたい」
浅葱は何かしらの気力を失った。このまま彼とはどうしたらいいだろうか、関係をやめるのにも理由がなく、付き合う理由もなかった。もう浅葱と縹をつなぐのは、出会った当初の共感し得ることや、その当時の思い出が尾を引いているということだけにあった。そして縹は少しずつ狂っていった。
縹は自分を非難した。それは弱音を吐くことを禁じることから始まった。疲れたと漏らせば、ハッとして浅葱に向かって「オレを殴れ」と言った。格闘映画の殴り合いのシーンをいく度となく見て「この腕、この筋肉、イイ!」とか言いながら、通販で手に入れた健康器具で「修行だ」とひたすら体を鍛え出した。暴力的な映画を真似て、公園にいる野良猫にエアガンを打って殺傷したり、夜中、知らない人の家の前でロケット花火を窓に向けて飛ばしたりした。また、はじめはどういうことなのかサッパリわからなかった浅葱も、いつしかそんな彼を茶化した。ふたりはそして、そんな犯罪的事実を共有する面白みに駆られた。そんなことはできない。と思いながら、否定的な表現は口に出る前に無視しなければいけなかった。縹は少なくともそうしていた。浅葱はこの友人を失うことを恐れていた。――心の中でやりたくもないことに拒絶感を覚えながらも心をすり減らしながら縹とともに行動を狂暴化させていった。それは中学の頃の不良と変わらなかった。そのうち縹の家の近くでは噂も流れだしていた。そして夜警がうろうろし始めた。浅葱は余裕を失っていた。縹は黙ったままつまらないとでも言いたそうにしている。二人は短いながらも悪さという冒険を味わい。その事実を公に裁かれるのではないかと妙な冷や汗に緊張していた。そのためになのだろうか理解できないまでも、悪さをした冒険からかまたなぜか、浅葱は縹に女友達を紹介したのだ。浅葱は高校のいく人かのグループでカラオケに行き、そこに縹を誘った。その中には薄柿も混じっていた。浅葱は縹に彼女を紹介した。彼はそこですぐに彼女と仲良くなり、そしてまた浅葱に「ふたりで会った」と言うのだった。はたして浅葱はまた呆れるほかなかった。ふたりの間柄は互いにヤケそのものだった。浅葱はそのうち今の縹を見るより、昔の面影だけを彼に求めた。薄柿と付き合っている最中でも時どき縹とは会ったが、女性と付き合い出せば相変わらず彼は何でもないというような白々しい態度になった。それにちょうど浅葱は悪さも続けられないだろうと思い始めていたころであった。浅葱は今までしてきたことをまるでなかったことのように思い、縹との付き合いを減らしていった。
そして半年もすればまた彼は「もう会わないかも知れない」とボヤくのだった。
そしてふたりは高校を出た。
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