第4話 記憶
ヴァンの両親が死んだのは、サリュの物心ついてすぐのことだ。
もともと両親はルデカルから遠く離れた田舎町の生まれだった。二人はそこで出会い、親密になり、やがてヴァンが五つになったのをきっかけに町を出た。よりよい環境を求めて、二人で決めたことだった。
ルデカルを見つけたのは偶然だった。当初別の街を目指していたのだが、山をいくつか越えたあたりで長い移民の列に遭遇したことが、家族の運命を変えた。
「この列はルデカルに向かっているんだ。俺たちはみーんな、風の鉱石の力に預かろうってわけ」
移民の一人が笑う。どうやら、そこでは多数の鉱山労働者を募集しているようだった。鉱山労働は見返りが大きいだろう。そう思い、ヴァンの父親は急遽針路を変えた。
ルデカルに着いた直後、その考えが正しかったことを悟った。荘厳な神殿、幾層にもなる住居。これほど栄えた街は見たことがなかった。
ヴァンの両親は身を粉にして働いた。労働は大変だったが、確かに見返りも大きかった。故郷の町で一日に得られる賃金が、数刻で得られた。そうした両親の苦労の甲斐あって、ヴァンは無事成長し、それからサリュも生まれた。
そんなとき為政者によってある知らせが広められた。鉱山内に移民だけの町を設けるというものだった。
これ以上ない朗報に移民たちは歓喜した。というのも、ちょうどこの頃ルデカルには移民に対する差別がはびこっていた。窃盗、詐欺など治安の悪化を、先住者たちは移民の増加に結びつけていたのである。
移民たちの立場は酷いものだった。道を歩けば罵られ、店に来れば拒否されることもよくあったし、子供に対しても容赦なかった。移民の安住の地は、労働先の鉱山以外なかった。
もちろん多くの者が移住に応じたのは、ネガティブな理由だけではなかった。生活の場と労働の場が一致していれば便利だというメリットがあった。そういった様々な思惑があって、実際、多くの移民は喜んで移住に応じた。移民のさらなる移民というのはおかしな響きであるが、移民限定の町はそれだけ魅力的に映った。
だから、ヴァンの両親は飛びついてもよかった。だが、そうはしなかった。あくまで生活の拠点は外の街に置き、鉱山内では労働だけ行った。
「なんで僕たちは行けないの? ねぇ」
移民の友人を見送りながら、幼いヴァンは必死で訴えた。
しかし、それでも、両親は首を縦に振らなかった。それどころか、鉱山については、今後一切口にすることを許さなかった。この頃、両親は暗い顔をすることが多かった。鉱山にかかわることなのは明白だったが、両親は語ることを拒んでいて、ヴァンにはその理由が分からなかった。
――そして、ついに聞けずじまいだった。
その音は、鉱山からルデカルの市を抜け、いくつもの路地を通り、街のはずれにあるヴァンの家にも轟いた。大規模な鉱山事故が起きたということだった。
ヴァンはすぐに鉱山に向かおうとした。だが、鉱山への道は事故の影響で途絶えていたから、家で静かに待つしかなかった。
明くる日、両親が死んだという知らせが家に届いた。ヴァンは両親が生きていることを願ったが、叶わなかった。サリュはずっと泣いていた。たった一枚の紙切れはとても重たかった。両親の亡骸さえ帰ってこなかった。
ヴァンは信じたくなかった。その頃には道が通れるようになっていたから、急いで鉱山に向かった。鉱山には同じような境遇の移民が大勢いた。悲鳴、すすり泣く声。ヴァンは人垣をかき分けて入り口に進んだ。入り口には警備兵が硬く門を閉ざしていた。すると、ヴァンの隣にいた女が警備兵に石を投げた。
「息子がいるのよ! 私をなかにいれて」
鉱山にいるのはもはや移民だけしかいなかったから、女は移民の親族に違いなかった。せめて骨だけでも持ち帰りたいのだろう。しかし、その悲壮な叫びは無視された。なかに立ち入ることは誰であっても許されなかったのだ。
ヴァンたちは項垂れて帰った。結局、多数の遺族と同様にヴァンも両親の死を受け容れるしかなかった。それに、自分がしっかりしないと、サリュを守る者がいなくなってしまう。サリュには鉱山に近づいてはいけないと、いい聞かせた。両親ができなかったことを、ヴァンがするしかなかった。
そして、現在。ヴァンは鉱山に対して不信感を抱いたままだが、最近になってようやく、両親が鉱山について語らない理由が分かった気がした。
全国ノ移民ヲ鉱山労働ニ従事サス。
通称、鉱山法。為政者は少し前から移民たちの「移住」を任意から強制へと変えた。
その背景には街の人口増と鉱山の労働力低下があった。人口増については、かつて飛行生物に襲われた過去が遠因であった。極度の人口減少を経験していたから、移民受け容れに積極的だったのが、かえって災いしたのだった。労働力低下については、鉱山事故の相次ぐ発生により人気がなくなっていたことが原因となっていたらしい。らしいというのは、為政者の発表があったからだ。少なくとも表向きは。
とにかく、鉱山法が施行されたのは、それらの問題を解決するためということだったが、もちろんヴァンは信じていなかった。
両親を殺した鉱山が憎かった。憎くて仕方がなかったのだ。信じられるわけがない。今となっては、ルデカルにはびこる差別だって、為政者が仕向けたものかもしれないと考えていた。
「鉱山に送られたら、二度と出られない。移民の町は、移民の監獄」
連行されていく名もなき移民の歌は、隠れて暮らす移民に瞬く間に広まった。
そして、近頃、警備兵の動きが慌ただしくなっていた。警備兵は有無をいわず移民を捕まえた。老人でも子供でも無関係だった。この街は風の鉱石の力に強く依存している。より発展をするために労働力となる移民が必要ということなのだろうか。
何にせよ、見つかったらいかなる理由でも鉱山送りにされてしまう。だから、ヴァンは隠れるように暮らしていた。ここまでうまく隠れていられたのは、鉱山法が施行される前に家を手放したからだ。サリュと暮らすお金を作るための間に合わせだったが、それにより捜索を免れたし、物乞いとなっていたところをイエーナおばさんに拾われ、結果的に鉱山法から匿ってもらうかたちになった。
イエーナおばさんは先住者だったが、ヴァンたちを差別をしなかった。それは子供を亡くしたことにもよるだろうが、多くはイエーナおばさん自身の性格のためだと、少なくともヴァンはそう信じていた。そうして、三人で慎ましく暮らしているところだった。
なのに――。サリュを守ると約束したのに。捕まってしまうなんて。
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