【KAC20222】僕の推しはツーサイドアップの少女

「佐藤くん、何見てるの?」


 図書室から少し離れた階段にいると、通りがかった吉川が覗き込んできた。


「……アイドル?」

「うん。まだ駆け出しだけどね」


 手にしたスマホの画面には、ひらひらの衣装で踊る同年代くらいの少女が映っている。


「この子が佐藤くんの『おし』なの?」

「『おし』?」

「『推し』だよ。頑張って欲しくて応援してる――みたいな」

「まぁ……そうだね」


 それを聞いた吉川はなぜか眉を顰め、食い入るように画面を見ると――


「ありがと。じゃあ私、今日は用事あるから!」


 とすぐに帰ってしまった。



 ――次の日。

 図書室へ行くと、吉川がびくりと肩を震わせた。

 そこでいつもと少し違うことに気がついた。

 可愛らしいリボンで髪をツーサイドアップに纏めていたのだ。


「あれ? その髪型……」

「――ちょっと変えてみたの。ど、どうかな?」

「うん、よく似合うよ」


 吉川が恥ずかしそうにする。

 ――ん?


「まさかとは思うけど、昨日のアイドルの真似?」


 吉川が顔を真っ赤して俯いた。

 どうやら図星らしい。


 だがそれなら僕は吉川に伝えなければならないことがある。


「えっと……あれ、実は親戚」

「え?」


 吉川の目が点になった。


「父方の従妹でさ、動画をアップする度に感想言えってうるさいんだ」

「え? 親戚? じゃああの人のことは……」

「別にファンでもなんでもないよ。身内のよしみで応援はしてるけどね」


 吉川が口をぱくぱくとさせて絶句した。

 そして数瞬の間があって、一気に爆発した。


「そういうことなら早く言ってくれないかな⁉︎」

「ご、ごめん!」

「私すごい空回りじゃん! どうしてくれるの⁉︎」

「えっと――似合ってるよ?」

「そういうことじゃない!」


 その日、吉川の機嫌を戻すのにしばらくかかってしまった。


 だが実のところ、あの髪型の吉川はかなりツボだったので、二度としてくれなさそうなのが残念だ。

 それこそ吉川がアイドルになるなら、迷うことなく『推し活』してしまうだろう、と思えるほどには。

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