小さい王女の夜の冒険
蜜柑桜
第1話
目を開けると、闇が広がっていた。
瞼を
——かあさま?
腕を伸ばしてみる。けれども少女の小さな手のひらや短い指に当たるのは、さわさわした柔らかなものばかりで手応えがない。
——違うわ。かあさまはお出かけだもの。
重たい頭がだんだんとはっきりして来る。そもそもこれは布団だ。頭が重いのは毛布のせいだ。そして母は今朝早く、父とともに遠くへ仕事に行って今日の夜はいないのだ。でも、眠りに落ちる前に微睡んでいた時には、すぐそばで自分を包んでいてくれた温もりがあったはずなのだ。
——おにいさま?
そうだ。
少女は這いずって布団の中を前へ進んだ。進んだ先の布団がひやりとして、たちまち孤独感にぞっとする。腕を横に伸ばしてみても何にも当たらない。寝台は広いからもっと遠くかも、とさらに匍匐前進してみる。
「ふきゃっ」
ずった先の腕が置く場所を失い、少女は咄嗟に手を握った。そのまま掴んだ毛布と一緒に体が落下し、上半身に衝撃を感じる。
「おにいさま?」
毛布ごと落ちたせいであまり痛みはない。頭の上に被さった毛布を払いのけてみると、自分の部屋だった。灯りは消えて、自分以外の何の気配もない。布団から出て空気が通るようになった耳に、ガタガタと風が窓を震わす音が聞こえる。
その次の瞬間、どぉんという響きと共に、床についた少女の腿からびりびりと震動が伝わってきた。
「ひゃあぁぁ」
慌てて毛布をかき寄せて耳を塞ぎ、できるだけ縮こまる。
そうだった。今日は雨が乱暴に降っていて、窓の硝子がずっと鳴り止まなくて。時折り地響きのようにどおんという音がして。部屋がいつもより広く見えて、一人でいると自分まで震えてきてしまいそうで。でも母も父もいなくて、布団に入っても怖くて目が閉じられなさそうで。
だから眠る前、代わりに兄が一緒にいてくれたのだった。もっと小さかった頃に母がしてくれたように、息をするのに合わせて背中を叩いてくれていたはず。
その兄が、いない。
——おにいさま、どこ?
音が遠ざかってから、そろそろと再び毛布を外す。兄と共に寝転がる前から変わった様子はない。
部屋の中をぐるりと見回した。そしてある一点で視線が止まる。
壁の隅に置かれた椅子に、大きな熊のぬいぐるみが座っている。何年か前まで、どこへ行くにも一緒に連れて行った友だった。片時も離れなかった。
けれども最近は、心細くても我慢していた。母と約束したのだ。
——アウロラはもう大きいのだから、滅多なことがなければ熊さんにはお部屋で待っていてもらいましょうね。
おにいさまが消えてしまった。
いま起こっているのがきっと、「滅多なこと」だ。
アウロラは毛布から脱出すると部屋の中央を横切り、熊を椅子からずり下ろした。その足で扉まで駆け寄り、背伸びをして取手を掴む。
がちゃりという音とともに開いた隙間から、裸足のまま廊下へ滑り出した。
***続く***
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