たとえ君がいなくても、僕は君を残したい。
月野木 星奈
プロローグ
時刻はすでに午後九時半を回っていた。
いつもより十分近くも遅い。
若干の焦りを感じながらも、僕は全速力で自転車を漕ぐ。
十月ももう半ばだというのに、額には汗が滲んでいた。
けれど、そんなことが気にならないくらいに、僕の頭にはあの人のことしかなかった。
早く・・・早くあの人に会いたい。
自転車を漕ぐ足により一層力がこもる。
あの人と話せるのは、九時半から十時の間の三十分間だけ。
別にどちらかが約束したわけでもないのに、この三十分間がもうすっかり二人の日課になっていた。
目的地まで後数メートルの距離に差し掛かると、緑色のフェンスの隙間からいつもの定位置に座るあの人の姿が目に入る。
あの人は僕の気配に気づいたのか、絹のような艶やかな黒髪を風に靡かせながら、後ろを振り返った。
急に目があった恥ずかしさと、彼女の美しさに見惚れて、自転車から降りたまま固まっていると、彼女は静かに微笑んで決まったセリフを僕に吐いた。
「こんばんは、律君。」
彼女の甘く澄んだ声が、耳から全身を駆け抜けた。
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