それでは、また明日。

そのいち

第1話


 無気力を通り越してむしろヤケクソになってきた頃合に、超一流大学の教授を名乗る肩書がやたらと長い学者が文字通り押しかけて来た。──名前は福田という。



「チヅ子さん! もう一度、もう一度だけお願いします!」


「そう何度も見せるものでも無いのですが」


「そこをなんとか! お願い、お願いします!」


「……仕方がありませんね。それでは、このように右手で左手の親指を握りまして、そして、そのまま親指を引くと──」


「はあ! や、やっぱり見間違いなんかじゃない! ま、また分離したぞ! 左手の親指が引き抜かれるように分離してるぞ! でも血は出ていない! なんで!? 信じられない、どうなってんのー!? 」



 この福田博士もまた他の学者と同じく私の神通力「千里眼」を検証したかったらしい。ただ私は千里眼を使いたくはなかった。使えなかった。だから他にも神通力があると嘯いて、というよりも嫌がらせのつもりで、この男に子供だましの手品を見せた。でも何故だか彼は喜んでいた。



「さあ? 私には説明できません。それを解明するために福田先生はいらしたのでしょう?」


「はわわあ、そう言っている間に親指は元通りになってる!」


「ちなみに、この親指は伸ばす事も出来ます」


「はあっ! また同じように右手で左手の親指を包み込んで親指の指先を口に咥えたかと思ったら、こ、こここ、今度は親指が伸び縮みしているううぅ!」


「……ふっ」


「あれ? 今鼻で笑いましたか? 笑いましたよね?」


「……すみません。無邪気な先生がおかしくて」


「ああ、それは御見苦しいところをお見せしましたな。いやあ、学者とは興味をそそる対象を目にすると童心に戻ってしまうのです」


「……ですが、その対象とは、先生が思うほどのものでもないのかもしれませんよ?」


「ご謙遜を。確かに貴女にとっては些末なことかもしれません。ですがこれは普通ではありません。人体の構造を自在に操る、こんな神通力を私は見た事も聞いた事もありません! やはり貴女は特別だ! 千里眼以外にもこんな神通力をお持ちとは! チヅ子さん、貴女は本当に素晴らしい才能をお持ちの方ですよ!」


「……こんな事を褒められたところで私は何とも思いません。とにかく、見せるものは見せた事ですし、そろそろお引き取り願いませんか?」


「ああ、そうですね! お気遣いありがとうございます。早く帰ってレポートにまとめないといけませんね! では、次回の面会はいつ頃がよろしいでしょうか?」


「金輪際、お越しいただかなくて結構です」


「何を仰いますか! 私は学者です! こんな素晴らしい研究対象をみすみす逃して置けません。来るなと言われても私は来ますから!」


「私はもう誰とも会いたくないのです。先生もそれはお分かりでしょう?」


「いや、分かりませんな。それよりも明日でいかがでしょうか? いや、明日にしましょう!」


「……とぼけないでくださいますか」


「それでは、また明日」



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