第86話練習が終わり元は自分の部屋に 大人たちの話し合い

元と本多美智子とのデュオが終わった。

ホールにいた全員から拍手を受け、元はお辞儀。

本多美智子にも、自然に握手を求める。

「ありがとうございました、勉強になりました」

「とても楽しかった」

そんな言葉を殊勝にも加える。


本多美智子は、また涙をためるけれど、「本当のこと」は、今は言えない。

「こちらこそ、ありがとう」

「今すぐにでもニューヨークで一緒に」

「アメリカツアーができるよ」

と、音楽に限定した言葉を出す。


シスター・アンジェラが全員に声をかけた。

「夕食は午後7時から、食堂にて」


その言葉を受け、前日の練習を終え、元は自分の部屋に戻ることになった。

ただし、春麗は、大人たちの中にいる。

「まだお客様が来られるし、教会としての準備がある」との理由だった。


美由紀が一緒に歩きながら、元に声をかける。

「元君・・・凄かった・・・」

「完璧・・・聴かせてくれてありがとう」

奈穂美も続く。

「まさか、本多美智子さんとは・・・憧れの人だよ」

「元君・・・って底が知れない」


元は、少し歩いて、ようやく息を吐く。

「メチャ疲れた」

「久々にマジで弾いた」

「そうでないと失礼で、本多さんについて行けない」

「少し休まないと、回復しない」

「練習のレベルを超えていた」

元は、そんなことを言いながら、うれしそうな顔。

そのまま、自分の部屋に入った。



さて、大人たちと春麗は別室に入った。

マルコ神父が全員の顔を見て、話し出す。

「夕食までの時間を利用して、本多佳子さんと美智子さんに、今までのことを」

「シスター・アンジェラと中村さん、杉本さん。春麗も補足します」


本多佳子と本多美智子が頷き、まず、シスター・アンジェラが話し始めた。

その内容は、元と田中夫妻との千歳烏山での生活。

最初に、当時の田中晃子、今は浮気騒動で殺された菊池晃子からの元に対するネグレクト、暴行が語られる。

ほとんど家にいなかったこと、元がコンビニのパンと牛乳だけの食事だったとの話まで及ぶと、本多佳子は怒りで身体を震わせ、本多美智子は顔を覆って泣き出した。


中村が「菊池晃子の殺害と、博多の菊池一家の話は、また説明をします」と言うと、シスター・アンジェラは続けた。

「ただ、元君の進学時期だけには、田中さんの夫のほうが日本に戻り、手続きを済ませたようです」

本多佳子は深く頷く。

「それは私からの厳命です」

「彼も、彼の名古屋の実家も、どれほど本多家の恩恵を受けているか」


マルコ神父は本多佳子を手で制して、音楽雑誌社の杉本に目で合図。


杉本は、ピアノコンクール都大会での事件を説明する。

「元君は、素晴らしい演奏で、優勝しました」

「しかし、それに理不尽にも納得できない元都議の佐伯、それから指揮者の尾高」

「その上、元君のピアノ講師の深沢さんから、責められ、優勝を辞退、賞状もトロフィーも自主返納となりました」

「その後、佐伯都議は不祥事発覚で失脚、尾高氏も女性問題で失脚」

「尚、深沢ピアノ講師は、地域の文化祭での主婦コーラスの伴奏を元君に毎日のように、しつこく強要、それを嫌がり、元君は約一か月、千歳烏山の家を出ていました」

「誰か知人の家に身を寄せていたとか」


中村は、「知人の家」の所で、杉本を手で制した。

やはり、教会で、しかも実の祖母と母に具体的な名前を言うことは、憚られる。

そのまま、菊池晃子の殺害と、博多の菊池一家の話に進むことにした。


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