第84話元のショパンで、本多美智子は

本多佳子は、元に涙目で会釈。

「素晴らしい演奏でした」

元は、見知らぬ人なので、「はい」、と少々戸惑う。

本多佳子は続けた。

「本多美智子は、私の娘です」


シスター・アンジェラと、春麗、中村が少し焦る。

とにかく今の時点では、元と本多美智子、本多佳子の血縁関係を明らかにすることは、元に取ってショックが大き過ぎると思うから。


元は。心配そうな声。

「私のピアノが拙かったのか、本多美智子さんが泣いてしまいました」

「本当にご免なさい」


本多佳子と本多美智子は、同時に首を横に振る。

本多佳子

「いえ・・・そうではありません」

本多美智子は涙声で、必死に声を出す。

「とにかく、うれしくて・・・それと・・・申し訳なくて」

本多佳子は、春麗から本多美智子を受け取る。


シスター・アンジェラが、進み出た。

「この看護師が春麗です」

「元君のお世話をさせています」


春麗が頭を下げ、本多佳子と本多美智子の前に。

そして、そのまま、3人で抱き合っている。


さて、そんな様子を見ながら、元は全く理解ができない。

本多佳子さん、超一流の音楽家本多美智子さんが、何故、この鎌倉の教会にいて、春麗と抱き合っているのか。


戸惑う元の隣に、マルコ神父と、中村が立った。

マルコ神父

「後で、しっかりと説明をするよ」

「その説明をするには、もう一人の到着が必要」

中村

「マルコ神父の言う通り、そうでないと、話が混乱する」


そう言われてしまうと、元は「はい」と応じるのみ。

そして、マルコ神父に確認。

「もう少し、指を動かしておきたいけれど」

「まだ、納得できないところがあるので」


マルコ神父が、頷いたので、元は再びピアノを弾き始める。

尚、弾いた曲は、明日の集会で使う聖歌の三曲。

完璧に弾き、元の顔は落ち着いた。


シスター・アンジェラが、元に声をかけた。

「何でも弾いてかまわないけれど」

「まだ、夕食には時間があるから」


元は、途端にうれしそうな顔。

そのまま、ショパンのバラードの第1番を弾き始める。


曲の最初のフレーズで、泣いていた本多美智子の顔が、引き締まった。

「この子・・・こんなことも?」

「この微妙なニュアンスの付け方は・・・なかなか出来ない」

「引きずられる・・・グイグイと・・・一音たりとも、聞き逃せない」

「このまま、大きなステージに出したい」

「いや、これを聴いて出さないと、それは罪」

「すごいよ、この子・・・ミューズの神の化身?」


あっけに取られてしまったのは、本多美智子だけではない。

全員が、元のピアノに惹き付けられるだけとなってしまった。


中村が、マルコ神父とシスター・アンジェラにそっと耳打ち。

「吉祥寺のクラブでも、全く同じです」

「元君の演奏が始まると、全員が何もできません」

マルコ神父とシスター・アンジェラは、うれしそうに頷いている。

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