第75話夕食 そして元は一人になり

夕食は、午後6時からだった。

シーザースサラダ、トリュフのオムレツ、ポトフ、ステーキ等が食卓に並ぶ。

シスター・アンジェラが、中村と杉本が既に教会を出て、吉祥寺のクラブに向かったとの話をすると、元は寂しそうな顔。

「顔を見て、お礼をしたかった」

マルコ神父は、その元に頷く。

「ご心配なく、日曜の集会には、演奏を聴きに来ます」

ただ、実祖母本多佳子の出席の意向については、伝えることは難しいので、黙っている。


夕食は、元も美味しかったようだ。

珍しく、食が進む。


シスター・アンジェラは笑顔。

「元君の快気祝いと、引っ越し祝いを兼ねて」


元は、素直に頭を下げる。

「こんなに美味しい料理を食べたことがなくて」


美由紀と奈穂美も、かなり美味しいのか、ただ食べ続ける状態。


春麗が、元に声をかけた。

「食生活の改善も必要かな」

「お酒を飲み過ぎていたけれど、それがなくなって、肌も回復したね」

元は、下を向く。

「確かに・・・酒に逃げていたかも」

「実は、そんなに好きでない」

マルコ神父は、ワインを飲んでいる。

「楽しい酒なら、大歓迎」

「イエスも、酒は好きだった」

「酒自体が、悪ではない」


夕食が終わり、それぞれの部屋に戻った。

女子たちは、集まって話をする、と言ったので、元はホッとして自分の部屋にいる。

「ようやく一人になれた」

「何日ぶりか・・・」

「こんなに面倒をみられるなんて・・・」


吉祥寺のユリとミサキ、エミの顔が浮かんだ。

「ここにいるお嬢さんたちとは、別世界の人だ」

しかし、それ以上、何をどう考えていいのか、わからない。


マルコ神父やシスター・アンジェラが、「彼女たちとのこと」を知れば、たちまち教会から追い出されると思う。

「千歳烏山に帰りたくなくて、吉祥寺に深夜までいた」

「クラブで弾いて、飲んだ」

「いつのまにか、女の家にいた」

「むしゃぶりついて来たから応じた」

「そうしないと泣くから」

「うれしそうに飯とか洗濯もしてくれて、金までもらったこともある」

「悪い人とか、汚れた人とは感じたことはない」

「でも・・・清らかな神の教会からすれば、汚れ切った人たち」

「そして、この俺も、汚れ切ったうじ虫」


元は、壁のマリアの絵を見た。

「それも悪なら、うじ虫なら、滅ぼしてください」

「覚悟はできているので」


元は、ベッドに寝転がった。

ベッドサイドに置いてあった旧約を手に取って、パラパラとめくる。

しかし、途中でやめた。

「こんな馬鹿で汚れた俺が持つべきではない」

「神を、神の家を汚すべきではない」


隣の部屋から、女子たちの笑い声が聞こえて来る。

元は、その声も辛く感じた。

「あの人たちも、俺の本当のことを知れば、心配などはしない」

「蹴飛ばして、追い出すに違いない」

「どうして由比ガ浜で死ななかったの?になるに決まっている」

「汚らわしいとか、話もしてくれないだろう」


元は、再び、壁のマリアの絵を見た。

「それなら、そんなことになる前に」

「裏切りかな・・・彼女たちの誠意とか」

「でも、汚れ切った俺は、ここにいる資格はない」

「清らかであるべき神の家に、うじ虫はいてはならない」

「清らかな神の家を汚した罰だ」

「そもそも、マルコ神父とシスター・アンジェラに、合わす顔はなかった」

「俺は、あまりにも汚れ過ぎている」


しかし、元は決めきれない。

部屋の中を見た。

「ここから出て行くとして、自分の荷物が、善意の人たちの迷惑になる」

「それは、したくない」

ベッドに寝転がっていると、内線が鳴った。

マルコ神父からだった。



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