第59話横浜元町で買い物 春麗の出自

鎌倉の教会付属病院に入院して約10日目、元はようやく教会の敷地外に出た。

目的は、由比ガ浜でサーファー2人に暴行された後に、財布が海に投げ捨てられてしまっため、新しい財布を買うこと。

春麗が車を運転し、シスター・アンジェラも付き添う。

ただし、春麗とシスター・アンジェラは、当初は鎌倉の小町通りだったけれど、元が横浜元町と言ったので、変更になった。


教会から、1時間少しで、横浜元町の駐車場に到着した。


シスター・アンジェラは笑顔。

「たまには横浜も気分転換になりますね」

春麗もうれしそうな顔。

「同級生の女の子のお父さんが、海鮮中華をやっていますので、どうでしょうか」

元も、やわらかな顔。

「美味しいのかな、高級中華なの?」


シスター・アンジェラは春麗に指示。

「元君の回復を願って、海鮮中華に」

「春麗も、お顔を見せてあげて」

春麗も、さっそく連絡を取る。

「別室を用意しますって」

「それから特別料理もとか」


そんな話をしながら、3人は横浜元町商店街に入った。

ただ、元は華やかな通りを、ほとんど見ることがなく、老舗の革製品店に直行。

決めるのも、全く迷わない。

濃紺のシックな革財布。


ジャケットから現金を出して支払おうとする元を、シスター・アンジェラが止めた。

「私とマルコ神父からの快気祝いにさせて欲しいの」


元は、少し目を潤ませる。

「何か、至れり尽くせりだらけで」

「お返しできるものが何もない」


シスター・アンジェラは、元をやさしい顔で見る。

「とにかく、明るい、昔の元君になって欲しいの」

「この財布で、マルコ神父と私が見守ります」


元が、うつむくと、シスター・アンジェラはテキパキとした口調。

「さっそく、現金を財布に」

「それで財布が生きます」

元は、珍しく笑う。

「丁寧に入れないと」



元の買い物が終わり、ようやく3人はゆっくりと元町を散歩。

元も不平を言うことは無く、女性2人のウィンドウショッピングに付き合う。


ただ、その途中から、シスター・アンジェラが、春麗と元から、少し後ろを歩く。

それは明るくて、時には強めの春麗の顔がやわらかいこと。

暗くて引き気味になっていた元の顔も、特に春麗の前では、昔の明るい顔に戻りつつあることから、それを確認したかった。


シスター・アンジェラは、ほどなくして確信した。

「元君には、春麗が合う」

「春麗は、少し難しいところがある元君を、しっかりコントロールできる」

「まだ早いけれど、結び付けてもいい」

「別に、彼女を日本人にする必要はない」

「日本人は、お家柄とか、国籍を気にするけれど」

「春麗は、少なくとも、何の苦労も知らないお嬢様ではない」

「年は春麗が一つ上か」

「でも、見ている限り、まるで恋人同士みたい」


春麗の両親のことも考えた。

「実は彼女こそ、本物の孤児」

「中華マフィアの抗争で二人同時に、殺された」

「直前に、その危険を察した両親に、鎌倉の教会に預けられて、そのまま」

「マルコ神父も、懸命に春麗をかくまい続けた」

「春麗も辛い」

「突然、悲惨に死んで、もう二度と逢えない両親なのだから」


しかし、元について、また考える。

「いずれは、実の両親と、育ての両親とも、決着をつける時が来る」

「春麗とは違う意味で、元君の寂しさも、半端なものではなかった」

「とにかく、何とかしてあげたい」

シスター・アンジェラの目には、闘志が宿っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る