第35話高輪教会付属施設の調査報告(1)

探偵の中村と雑誌社の杉本がクラブに入って来たのは、元が姿を消してから、約20分後だった。


マスターは、苦しそうな顔で、二人に頭を下げる。

「済まないね、逃げられたよ」

「勝手に、詮索するなって、そんな感じ」

「美由紀ちゃんに追っかけさせたけれど、見つかるかどうか」


杉本が不安そうな顔。

「家に帰ったのかな」

「聞かせたかったのに」


マスターは首を横に振る。

「いや、世田谷には帰らないとか」

「この店にも来ないとか」

「どうやら、触っちゃならないものに」


中村も難しい顔になる。

「まあ、聴いて来た話も、素直には聞けないだろうさ」

「元君を無理やりに連れ戻したところで、説明も難しい」

「美由紀ちゃんにも、これは言いづらいかな」


マスターは、雑誌社の杉本に、美由紀について説明をする。

「ああ、ごめんね、美由紀ちゃんって子は、この店でベースを弾く吉沢さんの娘さん」

「彼女自身は、チェロを弾く」

「元君は、吉沢さんと気が合ってね」

「それで、娘の美由紀ちゃんとも、店でデュオしたことがある」

「しかも同じ大学でさ、同い年、今日は連れて来てもらった」

「数か月ぐらいかな、美由紀ちゃんの話は、案外聞くから」

「でも、元君が怒って飛び出して・・・それっきりさ」


そこまで説明して、マスターはクラブの入口を施錠して、中村に目配せ。

中村も頷いて、説明が始まった。

「結論から言うと、杉本さんが、以前に教会の付属施設の園長から聞いた話とは、全く違う話でね」

「元君は捨て子、と言うよりは・・・」

「いや、その前の話から、していくよ」


杉本も頷き、マスターは「ああ、開店までかなり時間もある、じっくりと聞くよ」と、椅子に座る。


中村

「まずね、出向いたのは午前9時」

「アポはないよ、杉本さんの取材が目的、俺は付き添い程度の立場」

「杉本さんは取材を何度もしているから、何とかなると思って」

杉本も頷く。

「園長さんは、人当たりが柔らかい、と言うか、強く言われると拒めない性格なので」


中村は話を続けた。

「それで、いきなり入らないで、施設の様子を見ていたのさ」

「とかく噂があってね、あの施設は」


マスターの声が低くなる。

「噂?それは・・・警察の情報?」

「漏らしていいの?それ」


中村は、顔色を変えない。

「ああ、構わないよ」

「どうも、近所でも知らない人はいないとか」

「それも、なぜか、表沙汰にはならない」


マスターが頷くと、中村は続けた。

「噂としては・・・子供の泣き叫ぶ声」

「痛いよ、怖いよの声」

「ビシッとか、パンかな、とにかく強い音」

「おそらく鞭の音」

「それが、今日も聞こえていて」

「近所のばあさんが歩いていたから、聞いた」

「ばあさんが言うのに、日常茶飯事で」

「鞭の音がすると、包帯を巻いている子供を見かけるとか」


クラブの中には、重苦しい空気が流れている。

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