第42話

「明日、決着をつけてくるよ」


 由良くんも知らないはずの私の誕生日。

 それを言ってしまったら、きっと彼は止めるだろう。一年に一度しかない「特別な日だ」と言って。「決着をつける」ということは、もしかしたら明日が洸さんとの別れの日になるかもしれないから。


(──ねえ、洸さん。私はどこで間違えたのかな)


 世界で誰よりも、何よりも愛する旦那様だった。

 今でも好きだ。大好きだけど──


 もし、あの日──お姉ちゃんの葬儀の日に戻れるとしたら。私は決してあなたに声をかけたりはしない。お見合いへだって行かないだろう。


 待ち受けるのがこんなにも苦しい困難ならば、あなたのいない人生をやり直したいとさえ思う。

 あなたに出会いさえしなければ、愛することもしなくていい。

 目の前の優しい人の愛を受け入れて、普通の幸せを掴むのだ。


「もっと頑張ろう」

「まだ頑張れる」

「どう頑張ったらいいんだろう」


 いつもそうやって、あなたとの未来を考えようと必死になっていたけれど。

“奥さん”はこんな風に頑張らないといけないものなのだろうか。“結婚”という幼い頃に誰もが思い浮かべるような平凡で幸せなハッピーエンドは、所詮夢物語なのだと知った。


 好きになってもらえない恋なんて、もう疲れてしまった。誰にも祝福されない、邪魔者扱いされる悪役になるのはもう嫌だ。




「洸さんがそばにいないなら、もう──」

 そこから先は言葉にできなかった。頭痛がするほどの幸せな記憶が呼び起こされてしまったからだ。


 ──「死ぬとか、簡単に言うなって」


 冷たいふりをして、あなたが優しいのは身をもって知っている。


 ──「お前まで、俺を一人にするわけ?」


 もう一人ではないはずだ。私がいなくても。


 ──「洸さんは意外と寂しがり屋さんなので、あなたを置いて逝くわけにはいきませんね」


 寂しがり屋なあなたのそばにいてくれる人は、もう私じゃなくなってしまった。




「もしも本当に死んでしまいたいって思ったら、俺も一緒にいくよ」

 由良くんは私の腕を掴んだ。私が消えてしまうのを恐るかのように。


“死にたい”なんて心から思っていた訳ではないけれど、それぐらい洸さんは私にとって手離したくない人だった。


「君がいないと生きていく意味も失っちゃうのは俺だって一緒だからね」


 愛を返してはもらえないのに、暗く重たい感情を抱いているのは私も彼も同じなのだ。


「美緒ちゃんが生きてここにいるから俺も生きているし、生きて居たいって思うのであって、君がいなくなったこの世では生きている意味もない。君のためになら、俺のちっぽけな命なんてすぐに捨てられるんだよ」


(そんなセリフ、相手が私じゃなきゃ引かれちゃうよ)

 そう言いたいのに嗚咽が邪魔をする。


 こんなにも、深く広い愛で包んでくれている人がいるというのに。

 洸さんに捧げる愛をこの人に向ければ……きっと同じくらいの愛情で返してくれるのに。



「死にたくなったら、由良くんがやってくれる?」

「それもアリだね」


 この世界はなんて、おかしいんだろう。


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