第1話


 ある土砂降りの夜。

 私は、生まれてから今までずっと隣にいたお姉ちゃんを失った。



 何の事件性もない、単純な交通事故だった。


 私は別にお姉ちゃんを慕っていたわけではない。幼いころから高飛車で、人を見下すお姉ちゃんはどちらかと言えば──というか、割と嫌いな存在だった。


 数年前、イケメンな御曹司と結婚して家を出たお姉ちゃんは幸せそうだった。

 その時だけは純粋にそれを喜べたのに。



 そして一昨日、旦那さんの運転する車が信号無視をしたトラックと衝突。子どもができることもなく、26歳という若さで呆気なく逝ってしまった。



 嫌いだったけど、葬儀に出れば涙は出た。

 泣きじゃくりまではしなかったけど、この間まで幸せそうに笑っていた身近な人が亡くなるだなんて……やっぱり辛い。



 お姉ちゃん夫婦の遺影の前で流れた涙を拭う。

 そんな私の目の端に人影が映って横を向けば、喪服のポケットに手を突っ込んで立ち尽くす男の人がいた。



 その人が見上げているのは二人の──いや、お姉ちゃんの遺影。とても美人だった、お姉ちゃんの笑顔が写された写真だった。



 彼の横顔はひどく儚くて、思わず見入ってしまう。


 切れ長な目にすっと通った鼻筋。

 雪のような肌は羨ましいくらい綺麗で、真っ黒な喪服が更にその白さを際立たせている。


 背はそう高くはなく、成人男性の標準くらいだと思う。細身の体はすらっと綺麗だ。


 そして、光の加減で金色にも銀色にも……白にさえ見える髪が個性的で。



 涙を流すわけでもなくお線香を上げるわけでもない。

 ただ、無表情でじっとお姉ちゃんを見つめるその人。



 しばらくそうしていたかと思えば、上げていた視線を伏せてくるりと踵を返した。





「──あのっ」

 無意識のうちに、呼びとめていた。


「……何?」

 振り返ったその瞳が私を捉えたらハッと息をのむ。

 冷たく発せられた言葉と鋭い視線は私に突き刺さった。


 だけど、失礼な奴だと罵ることができない。


「……あなたは、お姉ちゃんとどんな関係だったんですか?」

 そう聞けば、私を上から下までジロジロと見る。


「お前が、美香さんの妹?」

 コクンと頷けば「似てねえな」と嘲笑う。



 ……そう、いつだって私は美人で頭のいいお姉ちゃんと比較されてきた。


 私がぐっと拳を握りしめたことに気付いたその人は、目を細める。


「……美香さんとは大人な関係。やましい関係、だよ」


 彼は周りには聞こえないように呟いた。その私の質問の答えが何を意味しているのか、分からないわけじゃない。


 だけどあの優しそうな旦那さんとあんなにも幸せそうにしていたお姉ちゃんが、この人と身体の関係を持っていたことがどうにも信じられなかった。


 そしてあのにこやかな雰囲気の旦那さんと、目の前の男との雰囲気の違いにもまた疑心が募る。


「……嘘、ですよね?」

「それはお前の想像に任せる」


 動揺した私がそう反論すれば、ふっと鼻で笑った男が今度こそ私に背を向けて去っていった。



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