嫉妬深いかれ 完

朝香るか

第1話 彼からの束縛

 私、綾瀬川さくら24才は、今彼氏に詰問されています。

 結構ピンチです。

 目の前には彼氏の杉田賢。

 会社は違うものの、同じビル内に店舗を構えており、

 仕事上チラっと見かけることは時たまある。


 タイムカードを切った後にすぐ呼び出された。

 場所は人目につかないビルの隙間。

 ここならだれにも見えないであろう死角である。


 後ろは壁。

 両サイドは彼の腕で通せんぼ。

 壁ドンという名の包囲網であります。



「で、なんで男と一緒にいたの?」

「仕事の用事で」

 いくら彼氏といえど、重要書類のことまで詳細には言えない。日本に両手で数えられるほど少数の方の姓が変換できなくってわかりそうな人に聞きまくっていたなんて言えない。


 コンプライアンス的にまずい。


「ふぅーん。俺ら付き合ってんじゃん」


「もちろん」

「他の男と腕組めるくらいくっつく必要あったわけ? 

 俺にはイチャついているようにみえたぜ」


「イチャつくって……あの人は職場の上司で、

 私の教育係みたいな人で、仕事の処理を教えてもらってたんだよ」


「ほーぉ。あんなに近くでねぇ」


 完全に信じてくれていない。

「私が近眼だから。文字見えなくて、つい距離が近くなったの」


 言えない。

 彼が言うその時、その瞬間はきっとあの件。

 残り5分で書類完成を完成させ、印刷しなければならなかったなんて。

 業務完遂には必要な無茶だった。けれど口にしてもいいものか。

 仕事上告げてもいいか判断に困っていると彼は別の方向に受け取ったようだった。


「ふぅーん。いいと思ってんのかよ」

「……じゃどうすれば良かったの?」

「他に人呼ぶとかさぁ。普通に聞くとかあるだろ。なんでそんなに近いの?」

 一時的にでも、ほかの人を雇う余裕は今の会社にはない。

 自力で処理能力を上げていきたいから積極的に質問もするし、

 細かな文字や読めない取引先の方の名字など聞くこともある。


 今回は時間も押していたから近くになりすぎたのかもしれない。

「……ごめんなさい」


「本気で思ってる? 悪いって」


「思ってる。気をつけるから教えて。許される距離ってどのくらい?」

「じゃぁ、腕触れるようなさ、さっきの位置から後ろに下がって距離取って」


 1歩1歩離れる。

「これくらい?」

「まだまだ近いって」


 もう2歩下がる。

「こんなんじゃ遠すぎて文字見えないし、作業できないよ」

「その距離くらいが俺の許容範囲。

 破ったら今度の休み1日デートな」

「…………はぁ?」

「愉しみだなぁ。今度はどこへ食べに行こうか?」

 この前の1日デートはラーメン食い倒れの旅だった。

 彼は大食い、私は小食で痩せにくい。


「やっぱ……イヤだーーー!」

 いや、もちろん好きな人とは一緒にいたいのだ。だが、自分の理想の体型を捨ててまでずっとずっと一緒に食べ続けられるか、できるのかというと違うわけで。

「決定な」

 爽やかなキメ顔である。

 この顔をする彼の決定を覆せたことはまだない。


 ポク。ポク。ポク。チーン。


 許してもらうにはどうしたらいいだろうか?


「イヤイヤイヤ、映画見ようよ。何がいいかなぁ? あなたの好きなミステリーとかどう?」


 ほっぺにキス。

 これが精一杯の大人の好意である。

「そんなんで許されると思ってんの?」

「おもってるー!!」


 耳元で思いっきり叫んでみた。

「うわっ」と彼が怯んだ。

 壁ドンロックは片方解除されたために

 逃げることには成功した。


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