アラフォー女警官、異世界転移し神子(みこ)にされる

三伊名 いつみ

第1話 始まり

「そろそろ小学生の下校時刻だし、そっちの方にパトロールに行くかぁ」


 時間は午後 3 時前。

 私は自身の愛車以上に時間を共にしているミニパトを、住む者を失った家々が目立つ山村の狭い道から、小さな新興団地へと続く少し広い道へとハンドルを切った。


 ここは大都市圏からから離れた過疎化も激しい地方都市だ。


 私の名前は高原千穂、今年で40歳の大台に乗った。

 独身、彼氏なし......ついでに結婚歴もなし。無論、子供もいないので身辺は綺麗なものだ。

 

 別にワーカーホリックでも無ければ、バリキャリでもない。

 ただ単純に縁が無かった......というか、縁を掴み損ねただけ。


だからといって今更婚活をする気にもなれず、独身生活を謳歌している。

 このまま「おひとり様」で一生を終えるには一抹の不安もあるけれど「それはそれでいいか」と諦めの気持ちも多少、頭の片隅にあったりする。


 警察官という職業には憧れてなったわけじゃない。

 超氷河期と言われた就職活動で、一般企業はことごとく落ち、数多く受けた公務員試験で唯一受かったのが警察だったわけだ。

 それでも、昔から好奇心という名の野次馬精神は人一倍強く、人と関わる事も好きなのでそれなりに満足している。

 

 おかげで、上昇志向がなく一番下っ端の巡査のまま今に至る。

 出世欲が無いのも問題なんだろうけどね。


「昭和でいうところの『お局様』ポジションなんだろうな」

 などとつぶやく自分が、時々悲しくなる。


 大都市やそれなりに事件のある人口の多い土地の交番なら、一緒に勤務する相棒もいるんだけど、私が勤務する交番は事件も人口も少なく、交番の勤務員も当然少ない。

 なので、必然的に今日のように私一人で勤務することが多くなる。

 その方が気兼ねなく好き勝手できるから私としては都合がいいんだけど


 一部では問題になってるらしいという噂は聞く。

 まぁ、私には関係のないことだ。


 昭和の遺物のような「THE 縦社会」の見本である警察という組織内では下っ端の意見なんてないも同じ。

 お偉いさんの一声で黒が白に、白が黒になる。

 警察とは、いまだにそんな会社なのだ。


 なんて事を考えている間に、ミニパトは小さな団地内のメイン道路を小学校が建っている場所を目指して走っていく。


 校舎の一部が見えたところで、前方からまだまだランドセルに背負われているような1年生の集団が、学校の先生に付き添われて、歩道を行儀良く2列に並んで歩いて来る姿が見えた。


 私はミニパトの車外スピーカーのマイクを持つとスピードを落とし、すれ違いざまに「お帰りなさい」と、声をかける。


 小学生たちはミニパトに手を振ったり、敬礼したり様々だ。

 付き添いの若い女性の先生が笑顔で軽く頭を下げてくれる。私も運転に支障のない範囲で笑顔で小さく頭を下げる。


 何事もない平和な光景、毎日がこの繰り返し。

 テレビのドラマの様に難事件が立て続けに起きる事なんて滅多に無い。


「さてと......交番帰る前に、神社さん寄っていこうっと」


 1年生の集団を見送った後、私は団地の入り口付近に建つ神社の駐車場にミニパトを停めた。

 駐車場に10 台分くらいの駐車枠があるが、ミニパト以外に停まっている車は無かった。

 

 ミニパトから降り、石造りの鳥居の前で一礼して境内に足を踏み入れる。

 神社巡りが趣味でもあるので、参拝マナーは例え勤務中であってもきちんと守る。

 

 そこそこ広い境内に大きな楠がそびえる。ここは辺り一帯の氏神様だ。

 境内に人の姿はなく、静かで清浄な空気が満ちている。

「今日は宮司さんいないんだなぁ」


 一応、キョロキョロと周囲を見渡し、人目が無いことを確認したところで私は「うーーんっ」と思いっきり伸びをした。


「ふぁー、気持ちいい」

 顔を天に向ける。

 高い空に生い茂る緑、あたりに漂う神聖な空気。本当に気持ちが洗われる。


 私は手水舎で作法どおりに手や口をすすぎ身を清めると、拝殿の前に立ち胸ポケットに常備している 5 円玉を取り出して賽銭箱に入れた。

 2 回頭を下げて礼をし、パンパンと拍手を 2 回。

 胸の前で手を合わせ、瞼を閉じて心を落ち着け


「これからも穏やかで平和な日々が続きますよう、よろしくお願い致します」


と、声に出して拝殿奥の本殿にみえる神様にお願いをする。


 心身ともに落ち着く静かな時間......。

 その時、ひゅーっ! と一陣の風が拝殿の奥から吹き、私の顔にぶつかり消えていった。


 お参りをする時に風が吹く事はよくあるので、気にも止めていなかったのだが、今回は何かが違った。


「この娘がいいよ。僕のオススメ」


 拝殿の方から聞いた事のない男の子の声がする。 さっき見た小学生くらいの男の子の声。


「うんうん。君が勧めるんだから間違いないね。この娘、連れて行っていい?」


 また違う男の子の声がする。

 こちらも同じくらいの年頃の声だが、先ほどの声より幼い印象だ。


 さっき境内を見渡した時人の姿を見なかったし、この神社の宮司さんに息子さんは居ないはず。

 それにしても何を言っているのだ? 連れていく!?

 

 私がゆっくり目蓋を開くと、目の前にある拝殿内に2体の小さな龍が向かい合っている姿が見えた。


 1体はグリーンの鱗、もう1体はブルーの鱗をもった龍。

 心なしかブルーの龍はグリーンの龍より弱っているように見える。

 どちらも身体が半透明で、その身体を通して本殿が透けて見える......。

 

 ……って、龍がいる! 龍神様!?  私、高度なスピリチュアル能力は全くないんだけど?

 霊とかも見えない人だし、今までそんなもん見た事なんて無いし!

 え? 何で見えるの?!

 

 何が何やら理解が出来ず、胸の前で手を合わせた姿のまま固まって2体の龍を呆然として見ていると、龍たちが私に気づいたようで

「ほら、僕たちが見えてるみたいだよ」

 グリーンの龍の口が動いている。発せられた声は最初に聞いた男の子の声だ。


「本当だね。僕たちが見えてるってことは、清浄な心を持ってるって事だね。後は僕が浄化の力を授けるから問題ないね」

 ブルーの龍からもう一人の男の子の声がする。


「はい、この娘で決まり! 神様、彼女を『彼の世界』に連れて行ってください」

 グリーンの龍が本殿に向かい言葉を発する。

 その声は弾んでいるように聞こえる。


 ちょっ、ちょっと待って!! 浄化の力? 彼の世界?? 連れて行く???

 ちょっと待って!!

「ちょっ!!!」


 嫌な予感が頭をよぎり、咄嗟に胸の前で合わせた手を放し、少々罰当たりにはなるけれど賽銭箱に片手を添えて、拝殿にいる2体の龍に近付こうと身を乗り出した。

 その時、先ほどとは比べ物にならない強い風が本殿の方から吹いてきた。


「うわっ!!!」

 

 これにはたまらず賽銭箱から手が離れ、風の強さに一歩後退りした。

 風は私を軸にして竜巻のように吹き荒れる。


 風の包囲網からは指一本出すことも出来ず、一瞬どうしようかと焦ったものの、そこは警察官歴10年以上。焦ったら判断を誤るだけだと気持ちを落ち着け、 現状を観察し解決策を考えることにした。


 私が落ち着いたのを確認したかのように、巻きあがる風の中に複数の光がポッ、ポッと現れ、キラキラと星が瞬くように輝き出した。


 その光は次第に私の姿を覆い隠すまでに増え、目の前が黄金色の光で覆われた時、足裏に感じていた地面の感触がふっと消えた。

「えっ!!」

 明らかに体が浮き上がっている。

 これは流石に焦る。


「え、ちょ!! 何? 浮い......てる?!」

 重力を無視し、私の体は空中に浮き上がった。


 周囲を見渡すも、黄金の光が煌めくだけでほかには何も見えない。

 自分が今どこにいるのか、どのくらいの高さに浮いているのか全く見当がつかない。


 焦る気持ちがあるものの、空中にふわふわと浮く気持ちよさに加え、身体をふかふかの布団に包まれているような優しさと暖かさに、焦る気持ちは次第に薄れていき......

「......あったかいなぁ......気持ちいい......なぁ」

 ホワホワとしたあまりの気持ち良さに、私は知らない間にうとうとと眠りに落ちていっていった。

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