捨てられた兄妹の生き方 完

朝香るか

第1話 美少女と兄

 世界を破滅に導く非道な運命が存在する。


 一つは穢れを知った女に。

 一つは、残酷な定めを背負った男に。


 運命は交錯し酷薄な歴史を紡ぐ。

 世界がどうなるかは彼ら次第。


 見届けるがいい。

 彼らの選択を――



「つまらないよぉレオ兄ィ~」


「静かにね、レオナ。

 もうすぐ母さんと兄さんが帰ってくるから」


 レオと呼ばれたのは凛々しい顔立ちの少年。


「だって夕方だよぉ。

 働くのはもうお終わり! 前の所でもここでも

 お祭りなんだよ」

 少女の年のころは六歳前後。


「前の地区では

 出立のお祝いをしてくれただけなんだ。

 ここは……夜になると騒ぐのが普通なんだって」

 

「ただし、レオナはお休み。

 あとは僕が見ておくから」


「え~いやだ。嫌だよぅ」


 駄々をこね、不満ありげな視線は長くは続かなかった。


「見たいのに……眠いよ」

 小さな天使はまどろみ意識を失い、

 兄の腕に収まった。


「全く。こんな世界を見せちゃいけないな」



 彼の視線の先には

 他人の懐から財布をとる大人。


「母さん、早く帰ってきてよ」


 期待に満ちた願いが

 叶うことはなかった。

 

☆☆☆

 忌々しいことに母親が行方をくらませてから


 十年が経ちレオナは十六歳。


 俺は二十五になった。

 レオナを守るために汚い仕事もきれいな仕事もなんだってやってきた。

「馬鹿だよな。

 レオナをこんな道に引きずり込んじまった」


 扉が開く古臭い音で我に返った。

「ただいま!」


 家に入ってきたのは――

「レオ兄、また落としていったんだよ。

 今回は十五万アール入ってる」


 明るく高い声を響かせたのは妹のレオナ。

 成長した今では、腰まである金髪と華奢な体を持つ。

 近くの村では天使の再来と騒がれている。


「よ、よくやった。

 相手が金持ちだったんだな。

 レオナ、その猫は?」


 後ろを歩いてきたとおぼしき猫。

 長く白い毛を持つ小綺麗だ。

 

「この猫ね!すっごい可愛いの。

 私の後についてきて離れなくて。

 目の前でゴロンゴロンしたり

 私の周りを回ってかまってほしそうにするの。

 かわいいよ」


「飼うには治安が良くない。

 猫なんて飼ってみろ。

 変な奴等に絡まれるのがオチだ。

 面倒なことに巻き込まれたくないなら、

 捨ててこい」


「でもっ」

「毎回食事を与えてやれる程

 うちには食べ物がないだろうが」


「私がこの子の分まで稼ぐし、

 レオ兄には絶対に迷惑はかけないから」


「なら条件がある。移動しよう。

 違った生活をしたいだろ? 

 綺麗な事が沢山あるんだ」


「なんでそんな事言うの?

 スリの生活から足を洗うことなんて無いよ。

 お金を持っている人からちょっと貰うだけなんだよ」


「……引っ越すために土地を買ったんだ」

土地の権利書をレオナに見せる。

犯罪が少なく平穏に暮らせる上級地区といわれる場所の権利書だ。

 レオナはきょとんとしている。 


「もう下級地区にいる意味はない。

 この猫飼われてるんじゃないか? 

 とってもいい毛並みをしている。

 飼うなら以前と同じ暮らしをさせてやりたいだろう」


「それはそうだけど。親だって、兄さんだって

 ここで待っていてほしいと思うよ。だって血縁者だもの。

 いつか、会いに来てくれるかも知れないじゃない」


「そんなこと言えるか? あいつらは金だけ持って」


「そうだけど……そうだね。もう十年くらい? それぐらいたったらもうみんな新しい人生歩いているよね」


《天使の微笑み》


 という言葉を連想させるほど

 レオナは綺麗な笑顔を浮かべた。


「じゃ、移住の話乗ったよ! この子飼うから。名前決めないとね~」


 俺は移住の話を了承してくれた安堵感と猫を飼う未来に苦笑した。

なんて暖かい世界だろうか。

「仕方ないな――ん?」

 コツカツ、コツカツ

「なんだ?この音。外からか?」

 コツと鳴り止んだ。

 俺が腰を上げた時にドアが開き、

 腰の曲がった老婆が立っていた。


 

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