11

会食が入っている社長と会社で別れ、私は弥生とマコと食事をすることにした。

急な誘いだったけど、私の話をききたいばっかりに、仕事を切り上げて来てくれた。

油物と生物がまだ食べられないから、ゆばと豆腐料理の店で食事をする。


「落ち着いていて、いい感じね」


地方のチェーン店が関東に出店した第一号店らしい。

床の間には季節の生け花と、掛け軸までかかっていた。

掘りこたつ式のテーブルがある個室で、弥生とマコと座る。あらかじめ料理は予約していたから、注文の必要はなし。二人はお酒を注文して、飲めない私の前で、美味しそうに飲んだ。料理の値段はリーズナブルだけど、落ち着いた店で個室もある。


「ほんと、どうなるかと思ったわ」


私の開口一番は、やっぱり胃腸炎のこと。もう二度とあんな思いはしたくない。


「ずっと痛いって言ってたもんね」

「神経に刺さる痛みって言うの? もう、脂汗は出るし、痛みで気は遠のきそうになるし、このまま死んじゃうのかなって思ったほどよ」


マコは自分に痛みが出たように、お腹を押さえた。


「沙耶かわいそう」

「でしょう?」

「でもさ、良かったじゃん」


弥生はにやけた顔で言った。


「そうよ、なんで言ってくれなかったの?」


弥生には社長とのことを話していたけれど、マコには内緒にしていたから、責められてしまった。


「だって、相手が相手でしょう? 言えないじゃない」


社長との恋を話したくてたまらない私は、言えないと言いつつ、にやけながら困った顔をする。


「失礼します」


障子の外から声がして返事をすると、障子が開いて料理が運ばれて来た。テーブルに配膳されると、三人とも初めてのゆば懐石で舐めまわすように料理を見る。

器も見事で派手さのないゆば料理を引き立たせていた。

湯豆腐、ゆばの刺身、みそがかかった豆腐、豆乳を温めながら自分で作るゆばと、豪勢な料理がならんだ。


「どうぞ食べて、今日はおごりだから」

「まじ? ホントに?」


マコは目を大きく開いて何度も聞く。


「本当よ、食べて」

「わーい、いただきます」


マコは大食いだから、これ以上は食べないでと心の中で思いながら、箸を持つ。


「話しなさいよ」


弥生が言った。

よくぞ言ってくれました。話したくてたまらなかった私は、何も口に入れずに箸を置いた。


「さあ、どうぞ。なんでも聞いてください。話す準備は出来ています」


背筋を伸ばして両手を広げた。隠すことなんか何もない。むしろ一から十まで話したい。


「また、おかしなこと言ってる」


いつも弥生は、私を変人扱いする。でも今日は怒らない。


「ねえ、社長との恋ってどんな感じ?」


マコは素直に聞いて来た。


「甘いの、とにかく甘いのよ。それに尽きるわ」

「え~いいなあ」


マコの素直さが心地いい。シャワーのようにもっと、そういう言葉を浴びたい。


「入院中は朝と夜に来てくれて、退院したらそのまま社長のマンションへ直行」

「ああ、あのやり逃げ簡易ホテルのこと?」

「違うわよ!! 失礼ね!」


直ぐに弥生はそうやって茶化して私を怒らせる。


「なに? 簡易ホテルって」


きょとんとしてマコが聞いた。マコはあの夜のことを知らなかったんだった。


「恋人になったんだからもういいよね」

「うん、いいよ」

「なに? なに? 聞きたい!」

「あのね……」


弥生は、私から聞いた話を脚色してマコに話した。もちろん嘘は訂正したけど、ほとんどあっている。


「沙耶って、どっか抜けているけどやることは大胆だったのね」

「やっぱり私って抜けてるの?」


自覚がない私は二人に聞くと、大きく頷かれた。


「社長にも似たようなこと言われた」

「抜けてるだけじゃなく、何処か一風変わってる」


弥生はいつもそう言う。


「変人扱いしないでよ」

「いいじゃない、完璧じゃない所がかわいいし、素直で意外と純粋な所があんたの売りよ」


人を上げたり下げたりするけど、弥生もたまにはいいことを言う。


「でさ、料理も完璧で、全部作ってくれて、寝る時はお姫様抱っこで寝室に連れて行ってくれるの。もちろん、おやすみのキスは当たり前。朝起きると出勤していて、キスが出来ないけど、社長のことだからきっと眠っている私にキスをしているはず。眠りの森の美女ね」

「……」

「大きなスクリーンがあってね、そこで二人で映画を観るの。腕を組んで社長に身を委ねれば伝わる体温……」

「……」

「私がキスを強請るとね……あ! それよりもっと素敵なこともあってね」

「はいはい、何でしょう」

「ちょっと具合が悪くなって、休んだ日があったの」


まだ、恋人になる前だったけど、私の中でも好きなシーンを話さずにはいられない。


「それで?」


二人は黙々と食べて、飲んでいるけど、そんなこと構わない。私はたまりにたまった恋バナがあふれ出て、止まらないのだ。話しがあちこちに飛んだって、ご愛敬じゃない。

それに。今までは二人の話の聞き役だったんだから、聞いてくれたって罰は当たらない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る