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個室を出ると女将と遭遇し、会長夫妻が到着したと伝えられる。女将と共に会長夫妻を出迎える為に店の入り口に向かうと、タイミングよく会長夫妻は、車から降りてくるところだった。


「会長、奥様、ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいましたか?」

「これは、水越秘書。相変わらずの美しさですな」

「ご冗談を……五代がお待ちしております、どうぞ」


高齢の会長夫妻は、お互いに支え合うようにして車を降り、杖をつく。

婦人はクロッシェをかぶり、会長は中折れ帽をかぶっている。嫌味ではない上品な雰囲気だ。夫人は好きな赤のクロッシェで、帽子から覗く白髪とのコントラストがとてもいい。

互いに手を取り合いゆっくりと歩く会長夫妻の、微笑ましい姿。ときに足を止めて料亭の庭を見て話をする。

なかなかこない会長夫妻に、痺れを切らしたのか、社長が出迎えに来た。


「お久しぶりでございます。サクラ会長。お元気でいらっしゃいましたか?」


社長はサクラ物産会長夫妻を見ると、笑顔で握手を求めた。まあ、この笑顔は作り笑顔ではないことは確かだ。


「五代社長、相変わらずの男っぷりで、仕事も勢いがあると評判ですぞ」

「恐れ入ります」


二人は固く握手をして互いを褒め合う。

簡単な挨拶を済ませると、椅子に夫妻が座る。私は夫人の杖を脇に置いた。


「五代さん、水越秘書をいつまで傍に置いておくおつもりですの? いいかげん、お嫁に行かせないといけませんわ。雇い主としての責任ですわよ?」

「奥様、そのようなことは……」


突然、夫人が言いだして、私は動揺した。


「あら、水越秘書。女性の輝くときは一瞬ですのよ? 特に若いときはね。水越秘書の美貌を控えにさせておくなど、勿体ないですわ。ねえ、あなた」


それはその通りだと思う。枯れて行く一方の私には、夫人の言葉が身に染みる。


「うちの三男だが、まだ独身なんだ。どうだろう、今度、会っては見ないか? 私が言うのもなんだが、仕事は出来ていい男だ、なあ、母さん」

「ええ、それはいい考えですわ」


まさかのお見合い話が出るとは、予想もしていなかった。むげに断ることなど出来る筈もなく、私は返事に困る。このまま話が進んでしまえば、お見合いは必ず実行されるだろう。

しかし、物は考えようだ。会長夫妻のご子息は、社長ほどではないが、なかなかいい男で、将来は有望だ。望みのない社長より、望みある男に方向転換するのもいい。ご子息なら、資産もありエリート、奥方に収まるのにはもってこいだ。


「水越の前で私が言うのも変ですが、水越は交際している男性がいるようです」


(は!? いませんよ、そんな人。間違いは起こしちゃった男はいますけどね。私の恋路を邪魔する気なの?)


驚いて社長を見た。助け舟を出したつもりだったようだが、少し余計で憎たらしい。ましてや、そのあと追及されたらどうするつもりだろうか。


「まあ、残念ね。この美しい水越秘書が一人でいらっしゃるわけがございませんわね。ごめんなさいね、変なことを言って」

「いいえ、そんなことは……」


会長と夫人は顔を合わせて笑った。私も二人に合わせて微笑んだが、社長はあからさまに不機嫌さを出していた。


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