緋剣のケンヴィード~烈火の剣聖は立ち止まらない

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序話 彼女の面影

 彼はベッドの上ですうすうと寝息を立て疲れた身体を横たわらせている。

 御用魔法医のユーグ・サーフィスによれば、命を脅かすことはもうないが、その身体を回復させるため二三日ほど狂ったように寝続けるかもしれないが、それは正常の回復行為だと言っていた。

 ケンヴィードは改めて彼の寝る部屋へとたった一人で訪れる。

 あの混乱の中、いろいろバタついていたため彼の顔をゆっくりと見るのは初めてであった。

 窓のすぐ隣の天蓋付きの豪華なベッド。

 きっと彼のことだ起きたその時は酷く混乱するに違いない。

 その横の椅子にケンヴィードはゆっくりと座ると眠りこける彼の顔にそっとその白い指を這わす。

 艶やかな黒い髪に褐色の肌。

 その顔に不思議な懐かしさをケンヴィードは覚えていた。

 頭をもたげるのは彼の面影に浮かぶ彼女の存在。

「ユノ·····」

 どうしてだろう。彼を見ているはずなのに考えているのは彼女のことばかり。

 いつも忘れようとしていた。周囲も忘れさせようとしていた。

 だけど忘れようとする度にそれは胸に刺さる棘のように疼いてならなかった。

 だが、彼女の産み落とした命を目の当たりにしてそれが確信へと変わる。

 自分はまだ彼女を忘れられていない。否、ずっと彼女と共に立ち止まらず進んでいるんだ――と

 その時だった。

 コンコンとノック音とともに扉が開かれる。

 そこには驚きの表情をうかべて立ちすくんでいる使用人のシユウ・ユエンがいた。

「旦那様、失礼しました」

 彼はまさか主人であるケンヴィードが居るとは思っておらず狼狽しきっていた

 そんな彼をケンヴィードは優しく手招いた。

「お前が彼のお世話をすることになったんだな」

 その一言にシユウは恐縮したように一礼した。

「ええ、奥働きで夜美ノ民は僕ぐらいなんで·····」

 その一言を言った後シユウは迷ったような表情を浮かべた。

 まだ聞きたいことがあるのだろうと思ったケンヴィードは小さく笑って一言言った

「何でも尋ねていいぞ?」

「え?」

「答えられる範囲で答えてやる」

 その一言にシユウはすこし迷いを見せながら一言言った

「じゃあ、失礼に当たるかもしれないかもしれませんが·····旦那様は僕を買ったのは僕とレヴィ様をダブらせていらっしゃったんですか?」

 ケンヴィードはその一言に即答するように一言返した

「そうかもしれないな」

 使用人のシユウはもともと夜美ノ民の奴隷だった。

 たまたま、彼が売り買いされてる奴隷市を摘発した時に行き場のない彼をティアマート家で保護したのが縁だった。

 そんなシユウの横顔にケンヴィードは自然と彼の面影を重ねていたのかもしれない

 それはただの自己満足でしか無いのに――

「すいません、出過ぎた真似をしてしまいました」

 シユウは一言そう言うと深々とお辞儀した。

 だがそんなシユウを見てケンヴィードは優しく笑い緊張を解してあげた。

「いいや、誰しも俺のしてることは理解できないだろう」

 自分の命を狙っていた相手を、どういう訳かこうやって保護して、さらにまるで我が子のように看病しているのだから――

 この家の誰からも理解されない。

 それは重々分かっているつもりだった。

 それが自分に課せられた贖罪なのだから。

 ケンヴィードはもう一度彼の褐色の肌に優しく指を這わした

 その面影は自然ともうこの世のはいないユノ・リーゥへと変わっていった。

 ケンヴィードは自然と彼女に出逢った頃を思い出していた。

 その始まりはケンヴィードが帝国の英雄と呼ばれ始めた第一次アルカ大戦から遡った。

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