*第79話 ラストエンペラー

トモラ山脈のオバルト側、

旧コラゴ帝国時代に建造された

キーレント最大の砦リオギャランドゥ。


その砦で譜代ふだいの者たちの見守る中、

モルトバは家宝の冠を頭に乗せられていた。

内輪だけの戴冠式である。


「第三十八代コラゴ帝国皇帝モルトバ・コラゴ陛下に。」

将軍が声高に告げ、一呼吸する。


抜刀ばっとう!!ささげ~とう~~~!!!」

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330661373820684


義勇軍司令官レイフィールとその部下達は領都トルドーから姿を消した。

テロポン兵も全滅だ。

コラゴ軍は残り1万も無い。


「皆の者、これまで良く尽くして呉れた、礼を申す。」

皇帝は頭を下げてはならない。

だから心の中だけで深くお辞儀をする。


「陛下、ちょくたまわりとう御座います。」

将軍が最後の命令を促す。


「うむ。」

モルトバは仮初かりそめの玉座から立ち上がり勅命ちょくめいを下す。


「これよりトモラにたむろするダモンの山猿を討伐とうばつし、

バルドーを目指す。

進軍せよ!!」


その場の誰もが解っていた。

これが死出の旅であることを。


前に出れば包囲殲滅される、

留まればやがて飢え死にか、

焼き討ちで惨めに死んで行く。


ならば憎きダモンと戦って死のう。

相手にとって不足は無い。

コラゴの意地を見せてやろうではないか!


***


あっけなく終わった・・・

まるで勝負にならなかった。

凄腕の狩人と獲物の様であった。


魔法攻撃で削られ、応戦はするものの威力が違い過ぎる。


弓隊と突撃隊の連携、一人一人の戦闘能力、

全てに於いて練度が高い。

生まれついての戦闘民族である。


日頃はくわを持ち畑を耕す農民でさえ、

幼き頃より軍事教練を受けるのだ。


ダモン軍の兵士は出陣に際して皆が葬儀そうぎを済ませて来た。

此処にいるのは死人である。

鬼界きかいの軍団なのだ。

戦に相対する覚悟からして別格なのである。


将軍は四方八方から矢に貫かれて息絶えた。

嫡男のブルクは三人係りで首をねられた。


気が付けば独り、ぐるりと周りを囲まれていた。


「キーレント伯か。」

鬼の大将がしゃべった。


(人の言葉を話すのか・・・)

モルトバは彼らが人間であることを忘れていた。


ちんはコラゴ皇帝である、控えよ!」

どこか現実離れしていた。

夢の中に居る様だ。


「捕らえよ。」

ヘイルマは無感情に指令する。

「これより下山し、オバルト本軍と合流する。」

キーレント討伐は終息した。


***


旧キーレント領都トルドー、その領主館で捕虜の尋問が行われている。


討伐軍総大将ゴートレイト・ターラムは、

拘束されたモルトバと帝国司令官

レイフィール・ガーレットを前にしていた。


レイフィールはダモンに捕らえられていた。


「答える気はあるか?モルトバよ。」

「ふっ、何が知りたい。」


何故なにゆえ謀反むほんなど。」

王国は諸侯に対して礼節をもって接して来た筈だ。


「知れた事よ、我らコラゴの矜持きょうじを示す為じゃ。」


「随分と膚浅ふせんな矜持ですこと。」

不意に声のする方を見やると、

黄泉の国の女王が立っていた。


「アラモスは子育てを誤ったようね。」

アラモスとは先代のキーレント伯である。


「姉上のご友人でしたな。」

ゴートレイトが昔を思い出しながら言った。


「ダモンには解るまい!我らコラゴの苦しみが!」

モルトバはイライジャを睨みつけた。


「いいえ、それは貴方一人の劣等感よ。

アラモスは誇り高き領主であり、騎士であったわ。

彼の何を見て来たの?」


「・・・」

「それとも彼の遺言だとでも言う積りかしら?」

「・・・」

「皇帝に成ったそうね、良かったわね夢が叶って。」

愚弄ぐろうするか女!」


「お黙りなさい!

この場で首を刎ねるのは造作も無いの。

其方そなたの証言など今更何の価値も無いのよ。

王都で奥方と幼い孫たちの命乞いをなさい。

それが其方そなたに出来る最後のつぐないよ。」


私は償う事すら出来ない、

この手で奪った幼い命の代償など払える筈も無い。

この惨めな皇帝よりも、何倍も罪深い・・・

とイライジャは思った。


それからレイフィールに視線を移し、

憔悴しょうすい項垂うなだれた首元に告げた。


「その命の重さに見合うだけの言葉をさえずりなさい。

心配しなくても宜しくてよ、大して重くは無いでしょうから。」


コラゴ最後の皇帝と、つい先日まで司令官であった男は観念かんねんした。

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