*第73話 白い恋人たち

帝都パーリゾンの軍港に貨物船が到着する。

船倉には千人程の人間が押し込まれている。


15歳くらいの若者から40歳前後の成人男性達が、

軍人の指示に従いぞろぞろと船を降りて行く。

彼らは簡易な軍事教練を受けて戦場に送られる。


7つの属国から駆り出された者達だ。

逆らえばその場で殺される、

彼らに選択肢は与えられなかった。


「キーレントからまた増援の要請が来て居ります。」

参謀総長のアラン・ダロンがさげすむ様に報告する。

「まだ始まっても居らぬものを。」

丞相も呆れている。


帝国軍参謀本部にて軍議が開かれている。

「正規軍では無いのが不安なのでしょうな。」

海軍総司令ジュリアーニ・ガンマが話を受け取る。


現在のところキーレントに派遣した軍勢6万は義勇軍であり、

司令官と数名の将校以外は即席の下士官と農民兵だ。


「その分テロポンを大量に送ってある、22万を相手にしても十分戦える。」

陸軍総司令アリ・パツーロの言うテロポンとはオバルト海軍がシャブと呼んだ

覚醒剤の事だ。


帝国の戦略は、先ずキーレント戦線に使い捨ての軍を投入し消耗戦を仕掛ける。

オバルト軍が疲弊した所で正規軍を進軍させてキーレントに橋頭保きょうとうほを築き、

じわじわと攻め上がる。


やがて教会が停戦を持ち掛けて来た時点で戦況がまさっていれば、

有利な条件で条約を結ぶ。

狙いは通商特権だ。

非課税と通関の自由権、それに治外法権を譲歩させれば帝国の完全勝利だ。


後はアヘンとダンピングでオバルトの産業基盤を合法的に破壊する。

坂道の一番下で口を開けて待っていれば、向こうから転がり落ちて来る。


義勇軍を6万にとどめたのは、わざと戦力差を演出しオバルト軍を誘う為だ。

減った分をその都度におぎない泥沼化させるのだ。

“後少しで勝てる”そう思わせるのが狙いだ。

キーレントは完全に捨て駒にされた。


り潰してやろうぞ。」


**********


かつては王国であった。

しかし今はバルドー帝国の支配下に在る植民地だ。

王制は廃止され自治州となった。


自治とは名ばかりで実際には総督府が置かれ、

行政は帝国から派遣された官僚貴族が取り仕切っている。

各地域の代表者として選出された州議会の議員はお飾りに過ぎない。


変わり果てた故郷の景色を馬上から眺めてスカーレットは誓う。

「忌まわしき赤い花を焼き払い、元の姿を取り戻す。」


自治州の一つタランタは綿花の産地であったが、

アヘン増産計画で芥子けし畑へと変貌した。


この地方の伝統的な綿花祭りは消えてしまった。

祭りの夜に告白をし、成立した二人に友人が綿を張り付ける

“白い恋人”の風習も無くなってしまった。


「必ず戻って来るから・・・」

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330661220740870


7つの植民地の若者達で結成された地下組織

“白い恋人たち”のメンバーであるスカーレットは

支援を求めてハイラムとの国境を目指して旅立った。


植民地となって一世紀。

反逆の種子は密かに芽吹こうとしている。


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