第六章 死して屍拾う者無し

*第51話 鏡のアナマリア

キリリとした切れ長のまなじりが視線を右から左へと流す。

それを追う様に溜息と小さな悲鳴が波打つ。

舞台の上では男装の麗人が命の尽きようとする

恋人を抱きしめ、愛の歌を朗々と歌い上げている。


「今!目が合いましたわ!

メスカル様が私を御覧になりましたわっ!」

感極まってアナマリアがパトラシアの腕にしがみ付く。


王都オペロ座の貴賓席。

コブシ歌劇団の公演を観劇するパトラシアと、

主役の演技にトキメキまくりのアナマリアだ。


「えぇきっとそうですわ!マリア!」

事実その通りであった。


メスカル役の後輩に、クライマックスでアナマリアに視線を寄越すようにと、

予め指示をしていたのである。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330659890690431


憧れの先輩である“聖水のパティ”からの依頼に、

渾身こんしんの流し目で答えた後輩ちゃんであった。


「あぁ素晴らしかったですわ!

夢の様な舞台でしたわ!有難うパティ!」

“マリア パティ”と呼び合う程に親交を深めた二人である。


「お安い御用よ!また次の公演の時も一緒に参りましょうねマリア。」

「もちろんですわ!」


友と呼び、親友と呼び返して呉れる者の存在が嬉しかった。

嘘と隠し事の罪に耐えかねて懺悔ざんげしようとするマリアを

パティは止めた。


「駄目よ、口にしては駄目。

秘密が有る事は判っているわ、

でも知りたく無いの。

私にも貴方に言えない事の一つや二つ、

三つや四つ、五つや六つ、

七つや八つ・・・」


「ちょっ!ちょっと多過ぎやしませんこと?」


「うふっ!秘密が多いほど女は魅力的になるのよっ!」

沢山の秘密が詰まった胸を揺らしてパティは笑った。


「例えどの様な秘密が有るとしても、

私は貴方の友であると決めましたの。

“ダモンの誇りに誓う”と申し上げましたでしょう?」


「あぁ・・・パティ・・・」


ひしと寄り添う二つの華麗な花は、

さながらメスカルとオンドレの悲恋を描いた

歌劇「ウルサイヨの薔薇」の一場面を切り取ったかの様であった。


***


「何もかもが裏目に出る・・・

何なのだ?一体これは・・・」


サンドル男爵邸にあるアナマリアの私室で

マルキスは弱音をこぼした。

最早ダモンの娘に手は届かない。


そしてまたラミア皇女もロンドガリア一族の男子と恋仲であるらしい。


「手を引く事は出来ませんの?」

無理だと解っていても問わずにはいられない。


「丞相がそれを許す筈がない、そんな甘い男では無いのだ。」

ニヤリと笑うアバルの首が幻影となってよぎる。


「この所は父上のご様子が優れぬ、公務もお休み頂いている。」

ビクトルが幻聴幻覚に懊悩おうのう

王宮で一騒ぎ起こしたのは先週の事である。


「侯爵様が・・・そこまで・・・」


事態は確実に破滅の一途いっと辿たどりつつある。

しかし不思議とアナマリアの心は無風の湖面が空を映す様に穏やかである。


あのターターリニ宮殿でパトラシアと

邂逅した日から覚悟は定まっている。

フリーデルはダモンの皆様が必ず守って下さる。

それならばこの命の燃え尽きるまで・・・

「私は貴方のお側に居りますわ、マルキス様。」


深まる秋の虫の音が風に運ばれて行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る