大聖女エルサーシアの遺言～とんでもヒロインの異世界漫遊記

＊第39話 王様の耳はロマンの耳

オバルト国王シルベスト・オバルト3世は

近頃めっきり弱くなった足腰に決して優しくは無いであろう脂肪と

贅肉を揺らしながら執務室へと向かった。

この１０年で二回りは確実に肥えた。

寄る年波に抗う気概は無く、日常生活に支障が出始めていた。

挿絵：https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330659266121655

「この頃は動悸が激しくての・・・

ドキドキするのだ・・・息切れもする、

なにやら頭も冴えぬ・・・

なんぞ良い薬は無いかマルキスよ。」

この世界には無いよぉ～ん。

「侍医長が申していたではありませぬか、

御摂生（せっせい）なされませ陛下。」

飲食が過ぎるのだとマルキスは苦言を呈した。

「そうは言うがなマルキスよ、

マリアの焼いたお菓子の誘惑には勝てぬのだ。

ぐっと嚙みしめるとな、

マリアの暖かい心が口の中に沁（し）みとおるのだ！

甘美な菓子の国から来た便りを読むようじゃ！

夢の国の橇（そり）に揺られるような心地なのだ！

モスクピルナスの味なのだ！

解るか？マルキスよ！」

モスクピルナスとは“精霊の生まれ出ずる所”とされている泉の名である。

「精霊は随分と甘党で御座いますな。」

さっぱり解らぬ・・・と辛党のマルキスは食傷ぎみに答えた。

「ふんっ！其方にはやらぬわ！可愛げの無い奴じゃ。」

生憎だがマルキスはアナマリア手作りの菓子を食べている。

甘さ控えめの健康的なやつだ。

実はシルベストの食べている激甘の菓子こそ厨房の料理人が作っているのだ。

「此度のコイントへの使者をお勤めあそばされますれば、

殿下の御名声も高まりましょう。」

わざわざ聖女と同列の立ち位置に据えたのだ、そうでなければ困る。

「うむ、あの子は賢い子だ。立派に務めを果たすであろう。」

「その次はいよいよバルドーで御座います陛下。」

そうだ、そこが本丸だ！

「分かっておる。分かってはおるがのぉ・・・

元老院がのぉ・・・」

特に元老院筆頭のナーバル選帝侯は王子の頃から苦手であった。

未だに会うと目を逸らしてしまう。

自分が王の器では無い事など分かっていた。

弟ゴートレイトの方が余程に相応（ふさわ）しい。

ナーバル候のあの冷たい目もそう語っていた。

分かってはいたが刻まれた轍（わだち）から逸れて

我が道を行く勇気を持ち合わせてはいなかった。

何時しか弟とも疎遠（そえん）になってしまった。

「殿下が功績を積み上げ、和平を望むとあれば

否と唱える者も居なくなりましょう。

後世の臣民はフリーデル殿下を賢王と讃える事でしょう。」

なにせ私の子なのだからとマルキスは背後に魂胆（こんたん）を隠した。

「その通りじゃ！

それが解らぬたわけが多すぎるのじゃ！

其方の忠義を他の奴らも見習うべきじゃ！」

「勿体なきお言葉、このマルキスの命を以って殿下を御支え致しまする。」

シルベストは心地よい言葉以外に、耳を傾けようとはしなくなっていた。