*第9話 王宮のウワバミ

大きなドーム状の天井を支える

12本の柱が特徴的な議事堂を有する、

政治と行政の中枢であるクローヴィン宮殿。


その一室で所在無げな面持ちで人を待つ男。


ライオネル・サンドル男爵。

王の側室アナマリアの実父であり、

典型的な成り上がりの小心者である。


家計の一助にと王宮へ奉公に出した娘が

王の寵愛ちょうあいを受け、さらに王子まで生んだ。


身に余る出来事に狼狽うろたえていた所を、

何かとアドバイスをし助力して呉れたのが

マルキス・ジョンソン子爵であった。

今日の待ち人である。


「やぁ待たせて済まなかったねライオネル。

やっと話がついたよ。

陛下の意向だと言うのに渋る者が居てね」


利害によって結ばれた二人ではあるが、

年齢が近い事もあって10年来の付き合いで

友人と呼べる関係が築かれていた。


「わ・・・私に出来るだろうか・・・

自信が無いよ・・・」


北方の英雄と対面するのでさえ

萎縮いしゅくしてしまうにも関わらず、

ましてや縁談を持ち掛けるなど

恐れ多くて気が遠くなる。


「父上が動ければ良いのだが、

陛下の傍を離れる訳にもいかないしね。

なぁに大丈夫さ、悪い話では無いのだから」


宮内省内裏取締だいりとりしまり侍従長

ビクトル・ジョンソン候爵の嫡男であるマルキス。

大抵の問題は力押しで通ると考えている野心家だ。


「王命を下す訳にはいかぬのだろうか?」

他力本願な男は逃げ腰だ。


「いきなりそれでは角が立つよ。

外戚父がいせきふの君がまず話を切り出すのが良い。

父上の代理として親書も用意したし、

今回は話を持ち掛けるだけさ」


ジョンソン候爵はアナマリアの後見人でもある。

その代理として赴くのであれば名目が立つ。


「君はあくまでも取次役として

気軽に構えていればいいよ」


スッと軽く右手を上げて紅茶のお代わりを

給仕の女中に合図する。


内裏だいりや後宮とは違い、

役所であるクローヴィン宮殿の女中は

上流とは言え平民だ。

官僚貴族と浮名を流す事も珍しくは無い。


茶器を置く際に意味深な笑みを浮かべる

彼女とも何度か肌を重ねた。

目を細め軽く頷くと、

彼女も片目をつむり了承の意を返した。


「ところでライオネル。今夜は空いているかね?」

「え?まぁこれといって用事は無いが・・・」


急な誘いに戸惑いながらも小心者は答える。


「では付き合い給え、気晴らしをしよう」

マルキスはソファーの背に腕を回し、

指を二本出して“二人だぞ”と指示しながら

閨事ねやことに思いを馳せた。


***


その翌日、侍従長執務室を訪れたマルキスは、

父候爵にライオネルの件を報告した。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330656444544367


「どうにか腹を括らせました。

扱いやすいのは良いのですが、

もう少し胆力が欲しいところですね」


酒を飲ませ女を抱かせて、

ようやくその気にさせたのだ。


「ふんっ、所詮は食い詰め者に過ぎん男だ。

使い走りが関の山であろう」


身も蓋も無く言い捨てた。


「しかし見た目だけは秀麗ですからね。

彼女の美貌は父親譲りですよ」


王を篭絡ろうらくした傾国の乙女は、

母となった今でも少女のような可憐さを放っている。


「ダモンの娘を取り込めたら盤石となろう、

利は我らにある。

奴らに先んじて動かねばならぬ」


天から降り、地から湧いたような話であるが

又と無い追い風に思える。


「教会の動きはどうなっておるのでしょうか?」


「上から下まで浮かれておるわ。

精霊王だの聖女だのと頬を染めおって、

おぼこでもあるまいに気色の悪い事よ。

かの娘を教会に抱き込む事しか考えておらぬ」


精霊絡みの案件ではどうしても

教会主導と成らざるを得ない。


「教会への工作を強化いたしましょう」

聖職者の中にも俗物はいるものだ。

既に何名かは取り込んでいる。


「うむ、テコ入れは必要か・・・」


「報告によるとかなりの器量良しだそうですよ。

娘も精霊も。

殿下と並べば絵になるでしょうな。

なるべく早い時期に王都に招聘しょうへいして

顔合わせさせましょう。

辺境伯には勲章でもちらつかせますか」


マルキスは早くも皮算用を始めていた。


コネリー枢機卿を団長とした総勢88名の

ログアード辺境伯領訪問団が結成され、

調整役の使者が出立するまでには、

さらに10日を要した。

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