第8話「そりゃそうよ。男の頃のアタシを知ってる奴と恋愛は無理無理」
――冒険者ギルドは、女人禁制だ。
いや、正確には冒険者が潜り続けているダンジョンと呼ばれる亡国。
数百年前に滅んだ古の土地への立ち入りを、女は禁じられている。
なぜそんな規制が行われているのか。
魔術師でない女を送り込むのは危険が大きいというのは分かる。
だが、魔術師であれば俺たちよりも遥かに強い女はいる。
冒険者としての慣れは持っていないだろうが、若いうちから俺たちのように経験を積めば俺たち以上に動けるのは間違いない。
だというのに、この国は魔術師含め女の立ち入りを全て禁じている。
俺がギルドを追放されたのもこれが理由だし、兄貴が自分の願望を隠していたのも同じだ。
――今となってはレナード・ケイラーを名乗り女として振る舞う彼女が、冒険者時代にはレオナルド・ケイラーという本名を名乗りながら男として振る舞っていた原因。それが冒険者ギルドの女人禁制というルールだった。
「でもよ、それならどうして冒険者なんてやってたんだよ。
一刻も早く女になりたかったんじゃないのか?」
「女になるのにも金がかかるのよ。アタシには魔法の才能があったわ。
そんなアタシが手っ取り早く稼ぐ方法、分かるでしょ?」
魔術師の男が、若いうちに金を作る方法。
なるほど、そう考えれば理に適っている話だ。
しかし、金を作るためとはいえ、女になりたいと思っていた兄貴がずっと男として振る舞い続けていた。それが凄い所なんだよな、この人の。
目的のために数年間も自分を偽る生活ができる。
そういう堅実さがあるから、俺たちより一足先に冒険者をやめられたのだ。
「でも、アンタは良いわよね? タダで女になれるなんて」
「勘弁してくれよ、好きでこうなったわけじゃないんだから。
それにレナ姉だってもう少し背が高い方が良いだろ?」
ブランデーミストを傾けながらレオ兄に言葉を打ち返す。
「ふふっ、意外と成長し直すんじゃないかしら? アンタの身体」
「女体化だけじゃなくて、若返りの呪いも入ってるんじゃないかとは言われた」
「あとは不老の呪いじゃないといいわね」
怖いこと言わないでくれよとレオ兄に答える。
望んで得た不老ならともかく、こんな訳も分からないまま他人と時間がズレていくのは勘弁願いたい。
「それで、アパートを出る当てはあるの? フランク」
「……今のところはない」
「あら意外ね。バッカスが家を買うとか言ってきてないのかしら?」
そこまでお見通しなのか。流石はレオ兄だ。
「よく知ってるな。バッカスから聞いてたのか?」
「聞いてはないけれど、分かるわ。見ていたもの。
アンタが意識を取り戻してアンタだと分かるまで、本当に見てられないくらいだったのよ、バッカス」
……それはそうだろうな。
あいつは、俺が逃がした後、自分で冒険者をかき集めた。
ギルドが夕暮れが近いと渋り始めると身銭を切ったと聞いている。
流石にその時に払った銭は、後日に俺がゴリゴリに交渉してギルドに補填させたけれど、バッカスという男が俺を助けるためにどれだけ本気だったのかは分かる。
どうにも俺はスライムを無意識に瞬殺していたらしいが、意識を失ったままダンジョンで夜を越していたら危うかっただろう。ダンジョンで夜を無事に越せた奴は歴史上でも数えるほどしかいないのだから。
「なんでバッカスの誘いに乗らないの? フランク」
「……あいつの罪悪感に漬け込むみたいで、性に合わない。
あと、ヤバいんだ。最近どんどんあいつが良い男に見えてきて」
こちらの言葉に笑みを浮かべるレオ兄。
「あら、アタシはずっと思ってたわ。あいつは良い男だって」
「口説いたことないのに?」
「そりゃそうよ。男の頃のアタシを知ってる奴と恋愛は無理無理」
はー、なるほど。分からん話でもないな。
「でもアンタなら別にいいんじゃないの? アタシみたいな思い入れないでしょ?」
「……確かにそういう過去はないけどよ、俺は男だぜ?」
「ふふっ、でもバッカスが良い男に見えるんじゃないの?」
「――それが怖いんだよ。まるで身体に引っ張られてるみたいで」
いや、別に身体に引っ張られているだけではないとは思う。
それくらいにあいつは良い男だ。
だけど、このまま、あいつに頼りきりの人生になるのは……。
「正直になれば良いじゃないの。
バッカスみたいな良い男が売れ残ってる幸運に乗っかっちゃいなさいな」
「……やめろやめろ、そっちに押すな。本気で頷きそうになる」
こちらの言葉に頷くレオ兄。
「分かったわ。もうそっちには押さない。
で、今日はアタシを頼りに来たんでしょ? 家探し? 職探し?」
「それもあるけど、本命がもうひとつ」
比較的早い段階でこの話を持ち出せてよかった。
まだラウンジの出し物、トワイライト最大の華は始まっていない。
それが好都合だった。
「あの王子を、フィオナを指名したい――」
レオ兄相手だというのに少し緊張してしまった。
けれど、仕方ないのだ。
指名するたびにこっちが緊張してしまうくらいの高根の花。
それがこのトワイライトで、王子の異名を持つ彼女なのだから。
「……開店前からのアタックなんて熱烈と思ったら、アタシは踏み台って訳ね?」
「怒ってる……?」
「いいえ、アンタが兄貴と呼んでくることに比べたら全然♪」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、こちらを見つめてくるレオ兄。
しかし、本当に女みたいな顔になったな。
元々中性的な美男子ではあったが、拍車がかかっている。
「そうね、フィオナね……分かったわ、伝えておく。
でも今日はあいつ第2幕からだから身体が空くまで時間かかるわよ?」
「別に構わん。失業者だからな――」
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