第46話 魔女としての決意

 辺りに響き渡る炸裂音に、ビクッと身体を震わせてナナ・ウォレスが目を覚ました。女の子のようにきめ細かな肌で、端正な顔立ちの男の子が拳銃を構え、その見つめる先からは骸骨が全身の骨をカタカタと鳴らしながら両手を伸ばして何かを求めるように歩いてくる。拳銃が炸裂音を鳴らす。先程のはこの音なんだと気付く。銃口が火を噴くと、スケルトンの頭部が弾丸に貫かれて砕け散った。


 半魚人の軍団に囲まれ、橙色の髪を揺らし、黒いセーラー服のスカートをたなびかせた少女がいる。その周りを槍や銛がフワフワと重力を無視したかのように浮かび、少女が腕を振るうとひとりでに槍や銛が次々と半魚人たちを撃ち貫いていく。


〈す……すごい〉


 その少女の足下で、戦闘中にも関わらず地面に両手をついて項垂れている赤い髪の男の子がいる。


〈名前はたしか……ルディ?〉


 金髪のポニーテールの女の子がゾンビの首を鋭い剣で横薙ぎにはね飛ばし、隣で短槍を振るうビリーがゴブリンのナイフを弾き返した。返す短槍がゴブリンの腹にくい込んだ。


 クラーケンの嵐のような触手をものすごいスピードで掻い潜り、狼男のジャックが一撃離脱戦法と言わんばかりに斬りつけては離れるを繰り返している。一連の流れが速すぎて、ときどき目で追えなくなるほどだ。


 そのスピードより更に速い動きで移動を繰り返す少女がいる。肩までの長さの黒髪がフワリと揺れたかと思えば、一瞬で移動し、違う場所から矢を放つ姿が見て取れる。


 兵士たちはやや遅れて、子供たちのチカラで倒されていくモンスターに槍や剣を突き立ててトドメを刺していく。


 ナナが呆気に取られて見ていると、傍にいるカインがキンっと軽い音を立てて開かれるドラム式のシリンダーに弾を込めていく。慣れた手つきで目を降ろすと、いつの間にか目を覚ましていたナナに気がついた。


「やあ、目が覚めたかい?」


 まるで自分の身体じゃないみたいに重い。放った魔術の反動だろう、魔力の源となる精気がないのだ。しばらくすれば精気は戻ってくるだろうが、時間はかかる。


「うっ……ウチは……」


「あぁ、寝てていいよ。僕はカイン。シャオ! この子を見ててくれるか?」


 カインが呼びかけた先では、小さな身体に似つかわしくない猟銃を構えている、東方服に身を包んだ女の子が猟銃を放つ。ゲートから飛び出してくるゴブリンが大地に向かって落下を始めた。


 シャオと呼ばれた女の子は、猟銃の紐を慣れた様子で肩にかけると小走りでやって来た。


「こんばんわ。私はシャオです」


 ナナが呆気に取られて頷くと、シャオは目を瞑り、ナナの身体を足下から撫であげるように指をかざした。


 いったいなにを? そうナナが言うより早く、シャオの指先がピンク色に輝いていく。シャオの指先がピアノを弾くかのように動き、膝上まで登ってくる。ナナの足がピンク色の光で透けて見えるかのように見えた。それが頭のてっぺんまで来ると、シャオの放つ光が消えて分厚い眼鏡の奥の目を開けた。


「……大丈夫。ひどく疲れているだけみたいですね。さぁ、水です。飲んで下さい」


 シャオは眼鏡をいじるフリをして目線を逸らした。


 自分でもよく分からない症状を言えば、相手を不安にさせるだけなのだ。いったいどう言えばいいのか分からない。例えるなら、そう……存在、まるで魂が半分失われているような感じがしたのだ。


 シャオが不安そうに見守る中、自分を奮い立たせるかのようにナナは立ち上がった。


「うぅっ……ウチが……あのゲートを閉じんと」


「ですが……」


 なにかに感づき、眉根を寄せて心配そうにしているシャオに向かってシーと指先を口に当て、子供に内緒にするようにとでもいうように。ナナは十二歳で、背も高く八歳のシャオに言うことを聞かせるのは容易な事だった。


「ウチは大丈夫だよ」


 訝しげにカインはゲートを見上げた。


「本当に閉じれるのかい?」


「ええ、あれは魔術で作られたゲートだけん、魔女のウチが閉じる。それが……筋だから」


「すじ?」


 カインが消え入りそうな声を聞き取り不思議そうに繰り返す。


「あ、なんでもない! こっちの話しっス!」


 ナナは手をパタパタと振り、硬い笑顔を浮かべた。思わずビリーの喋り方を真似てしまっていた自分に気がついた。


「と、ところで、あなた達は何者なん? 不思議な事ができるようだけど、……でも魔術とは違うようだし」


 ナナは訝しげにカインを見つめた。


 カインは困ったような笑顔を作り言った。


「……僕たちはただの、特別なチカラが宿ってしまっただけの孤児だよ」


 そう言ったカインは少し儚げにそして悲しそうに見えた。


〈そうか……この子たちも自分と同じなんだ。産まれた時から人と違い、迫害されてきた者たち〉


 ナナはパタパタとスカートの汚れを払い言った。


「あなたたちの、その……見透すようなチカラ? それであのゲートのは見通せん?」



 ***



 地面スレスレを掬いあげる様な横殴りの触手の一撃が、エイリーン・ボセックを捉えた。


 すんでのところで大斧を盾替わりにしていたエイリーンの身体が宙を舞い、エイリーンのツインテールが竹とんぼのように回転しながら、港の船に叩きつけられた。


「グウゥッ……」


 声にならない呻き声を洩らし、船にめり込んでいた身体を動かした。拍子に地面へと落下する。


 身体を前転させて地面に着地した。だが、ダメージは着実に入っていた。エイリーンは肩を押さえ、重い鈍痛に顔を歪めた。やがて膝をついて、追ってくるような痛みに対応しようとしている。


 老兵ライオネルは思わず叫んでいた。


「エイリーン!」


 叫ぶライオネルの目端に走ってくる金髪の少女が映り込んだ。


 マリアの揺れる金色のポニーテールを捕らえんと触手が伸ばされるが、背後からの触手を飛び避け、剣を足の下にして触手の上を器用に滑った。


 触手の先端部分まで来ると、剣を足で弾いて飛んだ。身体を捻りながら剣を掴む。遠心力に逆らわずマリアは剣を振って触手を寸断した。


 片腕を押さえたエイリーンは見惚れる程の体捌きに驚嘆していた。痛みを忘れるほどに。


「大丈夫!? 今、治すから!」


 マリアが集中し始めると、エイリーンの目の前で不思議なエメラルドグリーンの光に包まれ始めるマリアに次は見とれた。


 マリアの周りをまるで水中にいるかのように不思議な泡がフワリ、フワリと浮かび上がる。


 その泡はエイリーンの肩にかざされた部分からも出ている。エイリーンの痛めた赤黒く変色していた肩をカニの泡のような粒の小さな泡が包んだ。


 不思議とみるみる引いていく痛みと共に泡は空中に浮かんでいって弾けて消えた。


 マリアがチカラを解くと、不思議な緑色の光も消えた。


「もう大丈夫だね」


 マリアは幼さの残る笑顔でニコリと笑い、白い肌を伝う鼻血を拭い、剣を掴んで勇ましく触手へと斬りかかっていった。


 エイリーンはまるで古い絵本に描かれた魔女の魔術とは似ても似つかぬ癒しの魔術に困惑していた。この子供たちもそうだ。最初は驚いた。火を操り、槍に雷を宿して斬る。武器をまるで糸で操るように戦う。空を杖に跨って飛び、光の矢を放つ。何れも年端もいかぬ少年少女が人を守るためにモンスターと戦い、傷を優しい光で照らし癒すのだ。


 教会の教えでは、とは魔術で人を呪い、生き血を飲み若さを保つ。生贄に赤ん坊を捧げ貪り食う穢らわしい存在。モンスターとなんら変わりない。


 それがこの街の絵本に記されている事柄。今日日きょうび子供でも知っている寝物語だ。


 それが本当の事で、教会の教えとして伝わっているなら、今、目の前で起きていることは一体――?


「エイリーン!」


 エイリーンはかけられた声に驚き、声も出せず身体を震わせた。いつの間にかライオネルがそばに立ち、少女たちの戦いぶりを共に見ていた。


「見えるか?」


 エイリーンは何を言っているか分からなかった。逡巡し、ライオネルへと眉根を寄せて見せる。しがない行商人だった両親を馬車ごと襲い、死に至らしめたモンスターと戦うためにエイリーンはライオネルに半ば無理やり弟子入りした事を思い出していた。やがて冒険者になったのだ。


「よく……よく見ておくんだ」


 ライオネルは少女たちから目を離さず、腕を組んで見守っていた。


 エイリーンは戦いの師であるライオネルに従うわけでもなく。ただただ、英雄譚の一端劇に目を奪われ続けていた。

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