第45話 残念な語彙力

 有象無象の餌が自分に歯向かい、攻撃を仕掛けているのを眼下に見たグレゴリーは、その意識下で鬱陶しく思った。


 なぜ抵抗する? 食べられまいとするのはなぜだ? 我に食べられるのは至高の栄誉だと言うのに。愚かな羽虫どもめ!



 ***



 クラーケンは触手を器用に操り、体内に取り込んだ魔女の魔力を使った。


 空間に魔法陣が描かれその場に漂い、暗闇の中に黒い呪言が浮かんでは腐った葉のように舞い落ちていく。


 クラーケンは兵士の一人を触手で捕まえるとその腹を引き裂いて呪言を呟いた。


『その同胞はらからの膿を捧げ、時と時を手繰り寄せる門を開けよ』


 腹を裂かれた兵士の皮がめくれ上がり、暗く淀んだ穴がその口を広げた。


「な、なんだ?」


 ククリを振るっていたジャックは立ち止まり空を見上げた。


 空間の先に異次元ゲートが開くと、ズルリと重だるい身体を揺らして次々とゾンビが現れた。


 続いて兵士が触手に捕まり、どんな目に会うかを目の当たりにしていた兵士はみっともなく叫んだ。すぐにその悲鳴も裂かれた腹に出現したゲートに呑まれていった。


 二つ目のゲートからは骨だけの身体に錆びた剣と破損した盾を持ったスケルトンが溢れ出した。


「ま、まずいぞ! まただ!」


 三つ目からは血走った目のゴブリン、四つ目から銛を持った半魚人。


 ルディの放った青い炎が、一つ目のゾンビが溢れ出てくるゲートの入口を吹き飛ばした。


 爆発に巻き込まれたゾンビの四肢が空から降ってきて地面に転がる。


 シャオの足元にゾンビの頭が転がってきてシャオと目が合い、ニヤリと笑った。


「きゃーーー!」


 シャオは叫びながら猟銃を振り回し、頭を叩き飛ばした。


 痛覚すらないゾンビ達は、ルディの放つ青い業火を、まるでそよ風のように浴びながら、脚が燃え落ちると次々と地面に転がった。


 クラーケンがまた兵士の一人を摘み上げて食べた。まるで食事の余興を楽しむかのように触手を這わせて眺めている。


「クソッ! 高みの見物気取りやがって! カイン! モンスターを頼むぞ!」


 ジャックはモンスターの間をすり抜けてクラーケン本体へと斬りかかった。


 シャオは先程の笑みが忘れられず、猟銃を撃ってゾンビを次々と撃ち果たしていく。


 マリアとビリーは触手切り競走を一旦中止して、モンスターに囲まれないように切り伏せ、戦場で孤立しないように後退していく。


 兵士達も同様に恐怖に顔を引きつらせながら武器を突き出して後退していく。


 カインは拳銃を撃ち鳴らしスケルトンの頭蓋骨を砕いていく。


「どうしよう? あのゲートがあると、モンスターに手一杯でこれ以上攻められないよ」


 アンバーが言うと、カインが受けあった。


「閉じる方法があればいいんだけどな、もうミカエルを怒らせてチカラを暴走させるのは勘弁だ。それにもう打ち止めだろうな。アレ……ゲートは、やっぱり魔法で生み出してたんだな。初めて見る訳の分かんないものなんてどうしようもないだ。だから、色々試してみればいいのさ」


 カインは拳銃を撃った。迫り来るスケルトンの頭部が粉々になって動かなくなる。


 やれやれとカインは肩を竦め、カインは口元に手を当てて声を上げた。


「おいルディ! ゲートの先を焼き払えないか?」


 ルディは口をあんぐり開けた。初めて聴く言葉に赤毛のツンツン頭を捻った。


「……げーと?」


「バカ! あれだよ! モンスターが出てくる穴っぽこの事だ!」


 ルディは手のひらに火の玉を作り出して放り投げた。


 ゲートから顔を出していた半魚人の顔面で、赤い火の玉が弾けて燃える。半魚人は耳障りな声をあげて悶えた。


 仲間の半魚人は仲間意識が強いのか、銛をルディへと向けて一斉に歩みを進めていく。


「え? ちょっ……」


 半魚人の一体が銛を槍投げの要領で投げつけると、ルディの半歩手前で地面に突き刺さる。


「あっぶね……あにすんだよ!」


 ルディは言葉の通じない半魚人へとその怒りを向けると、別の半魚人が真似をしてルディへと銛を投げつける。


 今度は石畳の剥がれた地面ではなくルディの腹へと向かい、立ちすくんでいるルディは足が動かない。


 寸前でその銛が止まり、地面に転がった。


 投げた半魚人は不可解な現象に小首を傾げた。


 チカラを使いながらルディの隣へとニーナが走り寄る。チカラの影響で目に光が灯っている。先程の銛を止めたのがニーナなのだと伺えた。


「ったく! 世話が焼けるわね! バカルディ!」


 ニーナの周りを囲うように、銛や打ち捨てられた槍が羽根のように背で浮かんでいた。


 夜闇に浮かぶその姿は、まるで黒い羽根の天使だ。


 ルディは思わず見とれ、我に返ると負けじと言った。


「んだとっ! お前ならやれるのかよ!」


「フンッ! 愚問ねっ! あたしにかかればこんな奴らチョチョイのチョイよっ!」


 ルディはまるで罠にかかったとでも言うように意地悪な笑みを浮かべて言った。


「よぉぉおし、言ったな?……なら、おれが薙ぎ払ってやっからちょっとの間こいつらの相手してやれよ」


「どぉぉぞ、やってみなさいよっ! でも、その頃には終わってると思うわっ!」


「おぉよ! やってみろよ!」


 ニーナは駆け出し、命令するかのように三本の指を差し出した。未だに小首を傾げている半魚人を三本の槍が貫き声にならない叫び声をあげた。


 ニーナが指をくねらせ踊らせると槍は縦横無尽に飛び、半魚人の三体が槍の前に倒れた。


 ルディはニーナの踊るようなチカラの使い方に魅せられていたが、ふと我に帰って拳を打った。手のひらに生まれた火の玉に添えてチカラを吹き込んでいく。


 赤く燃える火の玉は、中に青い炎を滾らせ風船のように膨らんでいく。


「くらいやがれ! あお……」


 すっかり青い炎の玉となった渾身の必殺技を放とうとするルディに、水を刺すようにニーナが言う。


「あんたさ、その必殺技の名前、クソダサすぎるわよ」


 ルディは投げる寸前、片脚を上げた格好のままニーナを見つめた。


「……えっ? まじで?」


「うん」


「でもさ、でもさ、十点満点中の九点ぐらいだろ?」


「ううん。マイナス十点」


「……十点満点で?」


「うん」


「……うそーん」


 ルディのせっかく作り上げた青い炎は、ルディの自信と共に萎んでいった。やがて消えると、ルディはその場に四つん這いになりへたり込んだ。

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