第36話 驚嘆のジャック
グレゴリー卿の屋敷のテラスで、縄できつく縛られた屋敷の兵士長は、顔に大きな拳大の青あざを作ってジャックを睨みつけていた。
当のジャックは意に介さず、仁王立ちしたまま、ルディとビリーの前で腕を組んで答えを待っていた。
リースとシャオ、そしてミカエルはニーナのチカラでテラスへと空を飛んで運ばれてきた。
ルディとビリーは口を揃えて言った。
「ごめんなさい」
「それはもう聞いた。それよりこうなった説明を待っているんだ」
ナナ・ウォレスとリンクスはその場の雰囲気のせいか、ルディたちのやり取りを見ているしかなかったし、初めて見る狼男に興味津々といった体だった。それが親のように子供を叱っているのだ。そんな中、口を尖らせたルディが重い口を開いた。
「おれは……この街で産まれたんだ。物心ついた時には貧民街にあるスラムの孤児院にいた。そこでは……馴染めなかったし、神父には躾だと言われて棒でよく叩かれた」
ジャックは胸糞悪さで眉間に皺を寄せた。
「他の孤児にも、赤い髪や赤い目のせいでいつもいびられた……それで、ある日ケンカしている時、突然チカラに目覚めたんだ。チカラはおれの手から漏れ出ていき、ロウソクに燃え移ったんだ」
ルディは暗くなった雰囲気を感じ取り、開き直ったように手を合わせ、開いて見せた。
「それでボンッてわけ! 孤児院は丸焼け」
ルディはリンクスの方を指差し続けた。
「おれは物乞いをしているコイツ、リンクスと出会った。食べる物もなかったおれたちは、昔見た絵本にあった義賊の真似事を始めたんだ」
ルディはリンクスの肩に腕を回して言った。
「二人で始めた義賊団の名前はフリースタイルって言って……へへっ! けっこう有名だったんだぜ!」
ジャックは腕を回すルディに釣られるようにリンクスを見た。
突然話しを振られたリンクスは、片目の包帯を恥ずかしそうに前髪で隠そうとした。
ピクリとも笑わないジャックに、本当に怒ってて、重い空気も振り払えなかったルディは再び萎んで続けた。
「ここのさ、グレゴリー伯爵って奴は、昔から有名で、孤児院の子供たちを引き取っては殺して喰ってるんだ……この街じゃみんなが知ってる。“
ルディはジャックの目を伺うように見上げ、目を伏せて言った。
「だから……おれ……こいつが捕まったって聞いて……いても立っても居られなくなって……」
「……分かったよ、ルディ。ビリーはどうなんだ?」
穏やかな口調になったジャックにホッとしたビリーは得意げになって言った。
「あ、ぼくは短槍を盗まれちゃったんスよ。この子……ナナに。それで追いかけてたら盗まれた杖を探す事になって、杖を見つけたら、盗んだ子たちが手紙を持ってて、ルディがここにいるって分かったんスよ」
ジャックは眉根を寄せてナナを見た。
「ふーん。それで? ルディにビリー……他になにか言うことがあるんじゃないのか?」
ルディとビリーは不思議そうにジャックを見上げた。次にお互いの顔の前で視線を合わせるともう一度ジャックを見上げた。
不思議そうに見つめるその幼い顔がなんの事か分からないと物語る。
ジャックは苛立ちを隠せず、ルディとビリーの胸ぐらを掴んで自分と同じ目線にまで持ち上げた。
「本当に分からないのか? え? バカタレコンビ。よし、それじゃあ言ってやる。なぜ俺に言わなかった? なぜ家族に黙ってこんなことをしている? なぜみんなを頼らなかった?」
ジャックは声のトーンを落として言った。
「……寂しいだろ? そんなのは」
ルディとビリーは衝撃を受け驚いた表情を浮かべた。そして顔をクシャクシャにして泣き始めた。その顔は生意気さを纏ったいつもの二人と違い、まるで小さなミカエルのように純粋だ。
「ごめえぇんなさぁぁい」
ジャックが本当に聞きたかったのはその一言だった。家族を一番に考えて欲しかったのだと理解すればいいのだ。二人を胸に抱き背中をさすった。
黙って見守っていたリースは微笑むと二人とジャックを抱きしめて言った。
「いいんですよ。もういいんです。よく頑張りましたね」
二人はその言葉でひどく救われた気持ちになった。
二人はジャックが降ろしてやると気恥ずかしさからそっぽを向いて、服の袖に鼻水がつくのも構わず鼻を拭った。
ジャックは銀色の毛に覆われた胸元についた鼻水に気がつくと、顔を顰めながらハンカチで拭い、ナナに向き直った。
「君は……“魔女”だね」
「ナナ・ウォレスです。改めまして、初めましてですね」
ナナ・ウォレスは金色の目で真っ直ぐ見つめてくる狼男のジャックから目線を外し、杖を握りしめて言った。
「はい……だけど、ウチはっ!」
ジャックはそれを手で制した。
「いいんだよ。十字軍へ密告するつもりなんてサラサラないんだ。君なら、この事態の原因が分かってるんじゃないのか?」
「……はい。グレゴリー・マイヤーは人喰い。ですが、それ以上の禁忌を犯してるんよ。ウチは……それを止めようと。……っ! どうかお願いします! 手伝って下さい! ウチだけじゃ止められないんよ」
「ふん! 当然手伝うんだろ? 父さん。おれ達は英雄なんだぜ?」
さっきまで鼻を垂らして人前で泣いてしまった気恥しさから、そっぽを向いてさも当然のように頭の後ろで手を組みあわせて言った。
「ここまで乗りかかってて、このままにしてらんないスよ。それに……ナナは、ぼくの友達なんスから」
ナナは目を潤ませて言った。
「ビリー、彼女……でしょ?」
辺りが一瞬にして凍りつき、ザワついた。
「……えっ?」
全員が目を点にして、疑惑のナナとビリーを交互に見ている。
「ななっ! なななに言ってんスか! そそそんなわけないじゃないっスか!」
慌てふためくビリーは耳まで真っ赤にして否定した。
ナナはさっきまでの大人しい態度とは違い、狼狽え、必死で否定しているビリーの背中に飛びついて言った。
「もうすぐ結婚してくれるんよね? ビリー・ブライト?」
真っ赤な顔がさらに真っ赤になり、固まったビリーは頭から蒸気を吹き出しオーバーヒートさながらに地面に突っ伏した。
「あれっ? ビリー? やだ! ビリーったら、おーい、生きてる?」
その場の全員がグルリと首を旋回させて、今度はルディとリンクスを交互に見つめた。
「な、なんだよ……」
リンクスは頬を染めてルディの後ろに隠れた。
ジャックは裂けた口をあんぐりと開けて見つめた。
「おいおい……マジかよ……なんてこった」
ルディは背中にくっ付いているリンクスの肩に腕を回して言った。
「なに勘違いしてっか分かんないけど、コイツは男だぞ? そんなわけないだろ?」
全くと言わんばかりにルディは腰に手を当てた。
今度はリースが驚いてリンクスを覗き込んだ。近寄ってジロジロと見ている。
そしてルディを見て言った。
「ルディ……彼女は女の子ですよ?」
「……へっ?」
ルディは目の前のリンクスの顔をまじまじと見つめた。
リンクスはむず痒そうに髪の毛で顔を隠し、代わりに真っ赤になっている耳が覗いている。
「えっ……えぇぇぇぇぇええぇえぇえぇっ!」
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