第34話 鉄拳

 ジャックとジェイムズが屋敷のある丘を登り、腹を押さえたリースを両側から支えるようにニーナとシャオが続きながらようやくたどり着いた。駐屯兵団団長の騎士ジェイムズは屋根が半壊し、塀が崩れ、あちこちが燻る黄色を基調とした屋敷を見て呆然としていた。


「ここもモンスターが襲撃してきたのか……」


 ジャックはそれには答えず、話題を変えようと舌を巻くように言った。屋敷の内側から爆発したかのような状態に心当たりが大アリなのだ。


「すごい屋敷だな。色の趣味は合いそうにないが、この大きな屋敷の主は何者なんだい?」


「ここら辺一帯を治め、港町を作った大地主だよ。今は十五代目のハズだ。法皇にも顔が効く。今では……」


 ジェイムズは青白い顔で言い淀んだが、ジャックはあえて聞かなかった。


 大地主の十五代目で地位まである……か。それなりに、いや、かなりんでいることだろう。今まで、を生業としていた頃に嫌という程見てきた権力に目が眩んだ愚か者共と同じ、と言った所だろう。


 フンとジャックは鼻を鳴らした。狼男の鼻を効かせて辺りにモンスターがいないか探る。


〈戦闘の匂いはするが……なにか変な匂いまで混じっている気がする。なにかの花を使った香料のような不思議な匂い。それと……ジェイムズからも微かに似たような匂いがする。一体どういうことだ?〉


「どうやらここら辺にはゲートが出現してはいないようだな……?」


 ジャックは素知らぬ顔を貫くことにした。ジェイムズは渋い顔で言った。


「そのようだが……確認は必要だ。すまないが、手を貸してくれジャック」


 ジャックたち一行は頷いて辺りの捜索を手伝おうとしたが、シスター・リースが腹部を押さえて座り込んでしまった。


「どうした? リース」


「少しだけ……調子が良くないみたいです」


 リースは蒼白になっている顔で無理やり笑顔を作っている。そんな状態でも美しい笑顔は太陽のように優しさを讃えている。


「分かった。ここで大人しく休んでいるんだ」


「はい」


「シャオ、すまないがリースを頼めるか?」


 シャオは猟銃を見合わない小さな肩にひっかけて、リースを支えながら答えた。


「もちろんです。さあ、そこに座って下さい」


 シャオはまるで医者のように腹部を触りどんな感じかと聞いている。


「ニーナ、行こう」


 ジャックはニーナの肩を突き、耳元に顔を寄せて言った。


「多分、が関わっている。ここで暴れているのがなら、最悪、十字軍に捕まってしまうだろう」


 賢いニーナはその結末に既に行き着いていたのだろう。先程から一言も話さないのはそのためなのだと伺える。ニーナは視線を地面に落とした。


 そのニーナの頭にそっと手を置いて続けた。


「……もし、もしだ。そうなったら、あいつらを連れてここから逃げよう。船も手配してあるんだ」


 途端に目を輝かせ、嬉しそうなニーナは表情とは裏腹な乱暴な言葉で言う。


「当然よねっ! あいつらったらほんと世話のやけるバカたちなんだから! まったく!」


 安心した様子のニーナの頭を撫でてやりながら言った。


「ハハハ。そうだな、たくさん叱ってやろう。それには先ずは見つけないとな」


「うん! ねぇ、父さん。それなら、この一帯をシャオに探知してもらえば?」


 ピタッとその場に止まったジャックを風が吹き抜けていく。


「うん? 分かってたよ? 分かってたさ。今それ言おうとしてたんだ。うん。忘れてた訳じゃないよ? いやほんと」


 ジャックは必死で弁明しながらシャオの元へと小走りに戻っていく。


「シャオ、悪いんだが……あーそのー……」


 いつまでも気まずそうに言い淀んでいるジャックの腕の毛を、ニーナは一気にむしり取った。


「イギャッ!」


「まったく! 男ったらこういう時は意気地がないんだから! シャオ、悪いんだけど、チカラでおバカコンビ見つけてくれない? ここに居るはずなの。ここ歩いて探すには広すぎるのよね」


「あ、そーですよね! わたしが気付かないとですね。ごめんなさい」


「うぅぅ、なんかすまん」


 おあつらえ向きにジェイムズが屋敷の角を曲がり奥へと進んでいく。チカラの片鱗を見られたくない一行には好都合。シャオは屋敷へと開いた両手を向けて両目を瞑った。指先一つ一つにピンク色の光が宿っていき、意識可で屋敷中が見通された。


「大勢の人が、何かを探しているように見えますね。人数は多分二〇といったところでしょうか……でも、なにか変……」


 シャオの顔が急に淀み始め脂汗をかき始めた。


「えっ……? なに……これ?」


「どうした?」


 シャオはパッと目を見開き、チカラを解いてうずくまった。パニックを起こしたように頭を抱えて涙を浮かべて言った


「いやっ! 怖いっ!」


「おい、どうした? シャオ!」


 リースが心配そうに小さな背中をさすってやり、その身体を包み込むように抱きしめた。


「あっ……」


 涙を浮かべた顔を上げ、心配そうに見下ろしているジャックたちに気がつくと、シャオは気を取り直して言った。


「なにかが……地下の方になにか恐ろしい……ううん。そんな生易しいものじゃない。とにかく……巨大な怖いものが見えました。それを見た途端にチカラ事、とても深い場所に引きずり込まれるように感じました。そこにはとても邪悪な何かが……」


 シャオは怯えてきって泣き出しそうな顔で言った。


 シャオの背中を擦り、リースの元に誘導するように背中を軽く押した。


 シャオはリースの胸に顔を埋めた。


 小さな泣き声が聴こえると、ニーナの肩を抱きその場から離れた。


「地下には近づかないようにあいつらを探そう。まだ探してるって事は、ルディたちはどこかに隠れてるんだろう」


「そうでしょうね」


「ニーナ、君があいつらだったら、どこに隠れる?」


 ニーナは小さな額に指を当て、眉根を寄せて考え始めた。カッと薄い橙色の目を見開き駆け出した。


 その後をジャックは追いかけた。


「知ってた? 父さん。バカルディと煙は高い所が好きなのよっ!」


 ニーナは屋敷の上を指さし、見上げた。


「父さん、上に行ける?」


 ジャックはニーナを抱き上げるとニーナが指さすテラスへと飛び上がった。


 そこには木扉の前で背中を押し付けて足を踏ん張り、開けられないようにと必死で抵抗しているルディとビリーがいた。それと見知らぬ子が二人。


 今にも打ち破られそうな扉を三人が支え、ビリーが隙間から雷撃をお見舞いして遠ざけている。


 いい作戦だが、それも時間の問題だろう。チカラは無限ではない。


 屋敷のバルコニーへとジャックが着地すると、飛び降りたニーナは言った。


「ルディ! ビリー!」


 ビリーは安堵の息をこぼし応じたが、ひねくれルディが案の定台無しにする。


「バッカ! お前遅せぇよ!」


 ムッとしてニーナは言う。


「な、なんですってぇ!」


「ちょっとちょっと! やめて下さいよこんな時に! ニーナへの手紙はぼくで止まってて、ニーナは知らなかったんスから」


「手紙? ルディがわたしに書いたの?」


 ニーナは目を細め、身体をクネクネクネと捻り、頬をほんのりと薔薇色に染めて言った。


「あらやだっ! ラブレターかしら! 見せて見せて見せてよ! ビリィー!」


 ニーナはビリーを押しのけ、肩から下がるポーチに手を突っ込んで手紙を奪おうとした。


「ちょっ! やめっ……」


 電撃の止んだ隙をついた兵士たちが木扉を蹴破ってなだれ込んでくる。


「うわぁ!」


「きゃー!」


「潰れる!」


 木扉を押さえていたルディとナナ、そしてリンクスは木扉に押し潰されそうになり、簡単に拘束された。


 兵士たちは剣を抜き、槍を構えた。ルディたちは首元に剣を突きつけられていてジャック達は下手に動けない。


 兵士たちの後から、兵士長らしき人物が後からやって来て言った。


「抵抗するな! 大人しくしていろ!」


 兵士の一人がジャックの異形に気付き剣を向ける。


「うわっ! な、なんだコイツ!」


 ジャックは大きく息を吸い、獰猛な雄叫びをあげた。兵士たちは思わず身構え全員がジャックへと武器を向けた。


 ルディたちに剣を突きつけ人質にしていた兵士の剣が手元から外れ、その場でクルクルと回り出す。


 自分が慣れ親しんだ剣が意志を持ったかのように暴れている様子に慌てた兵士はルディたちから離れるように後ずさった。


 回転する剣が空を飛び、ところ構わず切りつけると兵士たちは狼狽え始めた。


 ニーナの瞳がチカラの影響で光を灯している。空飛ぶ剣を指揮するように人差し指を向け、クルクルと回しながら言った。


「ビリー! チカラを撃って!」


 ビリーは短槍を回転する剣へと向け、チカラを解放する。


 数条の雷が迸り短槍の先端から走り、剣が纏う。回転する剣は雷光を纏いうっすらバチバチと青く輝き始めた。


 ニーナはウキウキと嬉しそうに言った。


「行っくわよぉー! それぇぇ!」


 回転する剣に次々切りつけられていく兵士たちの全身を、貫くような痛みが襲い意識を奪われる。


『うわぁぁぁ!』


 兵士たちは既に戦意を失い、我先にと逃げ惑っている。


 狙いをつけられた兵士が自らの剣で弾き落とそうと試みるが、その剣を伝い走る電撃に呑まれた。燻る兵士が膝をついて倒れ込むと、アリの巣をつついたが如く兵士たちは散り散りに逃げていった。


「おい! 逃げるな! どこへ行く! 戻れ!」


 後に残ったのは兵士長の男だけだった。


 兵士長の男が剣を抜くと、狼男姿のジャックが歩み寄る。


「く、来るな!」


 ジャックは腕を振り上げて兵士長の顔面に鉄拳を打ち込んだ。

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