第27話 ルディ・リンの過去と復讐

 爆発音が鳴り響き、建物全体が揺れる。黄色い窓枠がガタガタと音を立てて震え、壁の隙間や天井から埃がパラパラと落ちてくる。壁にかけられていた高そうな絵の木枠が落ちて悲鳴をあげた。


「なっ、なに!?」


 ナナ・ウォレスは辺りを見渡し杖を握りしめて身構えた。


「あ、心配ないっスよ。たぶんルディが暴れてるんス」


 ナナは呆気にとられてビリーを見つめた。当のビリーは慣れっこになっていて音がした方へと意識を向けている。


「んっと……こっちから聞こえたような?」


 先程の爆発音でヒビの入った窓を開けて外を伺った。見下ろすビリーの斜め下から粉塵が舞っているのが見える。爆発の起点は明らかにそこだろうと思う。ついで見覚えのあるツンツンとした赤毛の頭が外へと這い出してくるのが見えた。


 ナナの手を引いて階段を駆け下り、淡い月明かりの輝きが照らし出す外へと飛び出すと、ビリーは馴染みのある顔に声をかけた。


「ルディ!」


「おお? ビリーじゃないか! こんなとこでどうしたんだ?」


「ど、どうしたもこうしたもないっスよ! あの手紙っスよ! ニーナ宛の!」


「あっ? ……ああっ! そうだったそうだった! ワッハッハッハ」


「はぁ……もしかして忘れてたんスか? まったく。いい性格してるっスねぇ」


 ルディの左目の瞼が腫れているのに気がついて覗き込み、半ば興味本位に聞いた。


「その顔……」


「んっ? あぁこれっ? たいしたことないさ。それより、バカニーナは?」


「手紙はぼくが受け取っちゃったから、見てないんじゃないスかね?」


 ビリーは腰にぶら下がっているポーチから件の手紙を出してヒラヒラさせた。二人はしばし見つめ合って同時に言った。


「ま、いいか」


 ルディはビリーの背後に目配せをして言った。


「それより、後ろの女は誰なんだ?」


 ナナは一瞬ビクッと身体を震わせて自己紹介をした。あの爆発を起こしたにしては小柄な男の子が出てきたのにナナは驚いていた。


「えっと、ウチはナナ、ナナ・ウォレスよ。ビリーとは……」


 そこで一旦ビリーをじっと見て、イタズラっぽく続けた。


「ビリーの彼女だよ」


「はあっ!? ちょっ! ななっ何言って……」


 狼狽えて真っ赤に顔を染めているビリーを放って、呆気にとられていたルディとリンクスを交互に見てナナは言う。


「えっと、キミは?」


「おれはルディだ。こいつはリンクス! なっ!」


 ルディはリンクスの首に腕を回して引き寄せながらニヤリと笑って言った。


 ナナは首を傾げ、じっとリンクスとルディを交互に見てある結論に至った。


「なるほど! 二人は付き合ってるんやね!」


 リンクスは一瞬で真っ赤に茹で上がり、ルディは口をへの字に曲げて言った。


「何言ってんだ? リンクスは男だぞ?」


 ナナが不思議そうにリンクスを見ていると、リンクスは頬を染めて逸らした。


 ナナは何かを悟ったように言った。


「そうなん? まぁいいけどさ」


 ルディはイライラと落ち着きのない様子で言った。


「そんな事よりさ、ビリー。この屋敷ぶっ壊してやろうかと思ってんだけど、お前もやるか?」


「ふぇっ? なんで?」


「えーと、魔王が悪者で目玉が……なんだっけ?」


 リンクスは苦笑して代わりに請け負った。


「この屋敷の当主グレゴリーが、魔女を使ってモンスターを呼び出してるんだ」


「そそ! それ言おうとしてた! そんで、そいつが魔王になろうとしてるんだ!」


 “魔女”の言葉にナナの顔が急に険しくなった。横目に見ながらもビリーは先を続けた。


「でも、なんで屋敷を壊すんスか?」


 ビリーが真っ当な事を言うと、ルディは唇を尖らせて渋々言った。


「そりゃぁおめぇ……ムカつくからだよ」


「あぁぁっ! じゃあ、自分の為にチカラを使おうとしたんスね! いーけないんだぁ! いけないんだぁ! 父さんとシスター・リースに怒られるんだぁ! いぃっっつもそれでぼくがとばっちり食うんすからぁもぉ~」


「な、なんだよ……。おれだって自分の為だけって訳じゃないんだぞ」


 ふくれっ面のビリーが先を促すように言った。


「じゃあ、なんなんスか~?」


 ルディはおもむろにリンクスの片目を覆っている青い前髪を上げ、おでこまで丸見えにした。その下には痛々しい包帯が巻かれていた。リンクスはすかさずルディの手を跳ね除けて前髪で隠した。


「……こいつの目玉を奪いやがったんだ。ジミーとピーターの命もだ。おれたち『フリースタイル』を潰し、ここまでやりやがったんだ。許せるもんかよ」


「その『フリースタイル』ってのはなんなんスか?」


「……おれはこの街で産まれ育ったんだ。親は知らねえ。おれに物心ってやつがつく頃には、この街の孤児院にいたんだ。まぁ、おまえも知っての通り、おれたちみたいな“チカラ”のあるやつは気味悪がられて追い出されたんだけどよ。そんで、その頃、盗賊紛いの事してたこいつと出会って盗賊団を作ったんだ」


「ルディ! ど、泥棒だったんスか?」


「おいおい、泥棒じゃないぞ。おれたち盗賊団は義賊だ。金持ちからしか盗まなかったし、貧民街で金も食べ物も配っていた。徐々に仲間も増えて大きくなっていった。だから……貴族共からは恨みを買ってはいたんだ」


 ルディは星々が瞬く空を見上げてため息を一つ。


「おれはこの街が嫌いで、旅に出たんだ。ただ、食べ物がなくて。……それでメドベキアの町で行き倒れてたおれを、シスター・リースが拾ってくれたんだ。それがだいたい二年前ぐらいだ」


 ルディはそこまで言うと、リンクスにあごをしゃくって見せた。仕方ないとリンクスは言った。


「初めは順調だった盗みも……誰かが裏切った。ある日盗みに入った屋敷を出たところでグレゴリーの私兵団に取り囲まれた。沢山のメンバーが捕まって虫けらみたいに殺されていったよ。共に最後まで牢屋に残っていたジミーとピーターも目の前で殺された。オレたちはぶっ壊されたんだ」


 リンクスは腕を組みそっぽを向いた。その肩は小刻みに恐怖と怒りで震えている。


 押し黙っていたナナは言った。


「そう……それがあの二人なワケなんか」


 ジミーとピーターの眠る遺体と、悲しそうな顔の二人の霊体を思い出す。


「止めな……あかんな」


 ナナは杖を握りしめた。


 ルディは絆創膏のある鼻を啜りあげてナナの前に手を差し出した。


「おれもモチロン手伝うぜ! 弔い合戦ってやつだ!」


 ナナがルディの鼻水のついているかもしれない手に躊躇っているとリンクスが手を置いた。その上にナナは手を置く。


「オレは正直怖い。でも、やれる事をやるよ。『フリースタイル』のみんなの為に」


 三人のやり取りを見ていたビリーはその場にしゃがみ込み、大地に向かって盛大なため息をついた。


「はぁあぁぁぁ……ああもぉっ! ぼくもやるっスよ! 父さんとシスター・リースに叱られたら、心底恨んでやるっスからね!」

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