第28話 人とモンスター
「ま、待て! ちょっと待てって!」
ジャックは射かけられる矢の雨を掻い潜り連なる屋根の上を駆けていた。眼下に見える兵士たちは突如出現したモンスター共と斬り結んでいる。屋根の上で見下ろしていたために、眩いばかりの月夜に照らされた銀毛が的としてはハッキリ見える。
――少し前。
ジャックは貝殻旅館の二階から銀毛の狼男の姿となって飛び降りた。トラキアの街の正面に位置する跳ね橋でニーナとシャオ、そしてシスター・リースの三人が“魔女”と疑われているためだ。
月夜の晩は普段の月夜とは違い明るいが、メドベキアと違い、夜店や街の灯りと相まって昼間のような明るさに包まれている。それでも暗がりに行けば別世界かのように暗闇が点在している。西の港の先にある貧民街、闇商人ベルメールの店があるが、そちらの方には灯り一つすら見えない。
ジャックは家々の屋根を目立たぬように跳ね飛び先を急ぐ。跳ね橋へと向かっている途中、奇妙なものが目の前に出現した。
空間に真っ直ぐと縦に入った亀裂。その隙間から漏れ出るような青い絵の具の中に黒を垂らしたよう瘴気がユラユラと水面のように揺れている。そして何倍にも強化されている嗅覚がモンスター特有の臭いを捉える。
〈そんなはずはない。ここに、数少ないモンスターがいる等とは到底思えない。だが、この匂いは……この死臭を煮詰めたような匂いはモンスターのそれではないだろうか?〉
はやる気持ちとは裏腹に、好奇心で空間の隙間を見ていると、隙間はみるみる広がっていく。
ジャックが横から歪みを見てみると、それはまるで糸のように真っ直ぐ通っているだけだった。ぐるりと背面に周り込んで見ても何も無い。ただし、正面に回ると、絵画のように確かにそれはそこにある。
〈これは一体全体なんなんだ?〉
ジャックがあごを擦り、首を捻った次の瞬間、その中から剣が突き出てきた。
ジャックが思わず出した手のひらの中心を貫かれ、寸での所で胸への一撃を受け止めている。
「クッ……クソッ! な、なんだこれは?」
大きく後方に飛んで距離をとると、淀んだ歪みから血のついた剣が突き出てたまま、やがて骨ばった手が出てきた。
いや、骨そのものだ。
人の外観を型どった骨が器用に細身の剣を掴んでいる。
やがて頭が出てくるとその外観が見える。目のあるはずの場所に暗闇を持つ頭骨が出てくる。カタカタと全身の骨を軋ませてジャック目掛けて突進してきた。
「こ、こいつ!」
ジャックは振り下ろされる錆びた剣を避けると再生したばかりの拳で頭骨を殴りつけた。
頭骨が砕けて飛び散ると、骨だけの全身骨格だけが動いている。地面に振り下ろされていた剣を、次は空中のジャック目掛けて横薙ぎに振った。
ジャックはトンと地面から飛び上がって避け、拳をゲンコツの要領で胴体目がけて打ち落とす。
全身の骨が粉砕骨折して砕け散り、地面の上で再生しようと破片が震えていたが、ようやく動かなくなった。
〈こいつは……まさかスケルトンなのか? “魔大戦記”に載っているようなものがどうしてここに?〉
考える暇もないまま、歪みから次のスケルトンが姿を現した。かと思えばその後ろからも次々に出て来て、押し合い圧し合い屋根の上から落下していく。
〈おいおい……冗談じゃないぞ〉
そうこうしている間にも数は増え続け、通りで再生したものも含めて二〇は数がいる。
〈こっちは急いでるってのに!〉
「キャアアァ!」
〈な、なんだ!?〉
不意に背後であがった悲鳴と困惑の声に背中の毛が逆立つ。
そこには子連れの母娘がいた。ミカエルと歳が近そうな子供を抱きしめ、恐怖にうずくまってしまっている。
〈まずい! 人間に見つかっちまった! 逃げるべきか?〉
気を取られた隙にスケルトンの一体が母娘に襲いかかった。
ジャックは考えるより先に飛び降りていた。母娘の前に踊り出て、背後に剣撃を食らった。深く食い込む剣に思わず呻いて膝をつく。
母娘は自分たちの前に突然現れたソレを見た。銀色の毛を逆立てた金色の目、大きな乱杭の牙、鋭い爪を携えたその姿に、再度悲鳴をあげて逃げていく。ジャックや蠢く骸骨集団の姿を見た一人が思わず叫ぶ。
「モンスターだー! みんな逃げろー!」
街のどこかから上がるその声に反応するようにチラホラと人が建物から顔を出し始める。
あるものは悲鳴をあげ、あるものは物を投げつけ、あるものは憲兵を呼びに走った。
〈や、やばいぞ! これ以上人間が増えたら……〉
ジャックは背中に食い込む剣そのままに、振り向きざまに裏拳を骸骨頭にお見舞する。
〈クソッ! クソッ! モンスター扱いしやがって!〉
ジャックは腰のククリを抜き放ち、スケルトンの群れに飛びかかった。振るうククリが二体のスケルトンを真っ二つにする。
スケルトンたちは両断される自らの身体を意に介さず、剣を振り回す。
ジャックは受け損なった剣を腕に受け、舌打ち一つ残しその場から飛び上がり壁を蹴る。勢いで更に壁を蹴って屋根まで飛び上がると距離をとった。
戦況を見定めようと屋根から見下ろした。
そうこうしている間にも駐屯兵が駆けつけ始めていた。民間人の数人が屋根の上のジャックを指さして何事か叫んでいる。その中には先程助けた母娘の姿も見える。
弓を持った兵士数人が一番近いジャックへと矢を向けて射かけ始めた。
「ま、まて! ちょっと待てって!」
ジャックは屋根に屈んで避け、矢をククリで斬り落とし、たまらず一段下の屋根へと飛び降りた。
飛び降りた屋根には、弓兵が登り始めていてその数人の前に降りてしまったジャックへとその敵意を向けた。制止も虚しく、剣を持った数人が襲いかかる。
「うわちょっ! 俺はにんげ……」
言う途中で言葉を濁し、自らの姿を省みる。この姿での説得は無駄だろうことは先の矢の一件で証明されている。
十字軍兵士の剣がジャックがいた場所の空を切る。
〈に、逃げるが勝ち!〉
ジャックは建物に向かって飛び、壁を蹴って更に壁を蹴った。
赤いマフラーがその軌跡を暗闇の中に残しながら去っていった。
「逃げたぞ! 追えー!」
「隊長! こっちには骨だけのモンスターがいます! 手当り次第に襲い始めています!」
「くっ! 散開して市民を避難させろ! 非番の者も全員叩き起こせ! 今すぐだ!」
***
ジャックは離れた建物の屋上に身を潜めてその様子を伺った。
〈大変なことになっちまったぞ? なんなんだあの歪みは? モンスターがまだ出てきてやがる〉
上方から探るように見ていたジャックは後方での異変をも見守っていた。そちらではゾンビが無尽蔵に這い出てくるのが見える。
〈これじゃまるでモンスターの見本市だ〉
駐屯兵がそれらと戦闘を始め、ものの数分で戦争が始まったかのような騒ぎになり始めていた。通りのあちこちからあがる悲鳴を見やりながらジャックは思案する。
まるで二〇〇年も前の“魔大戦”のようではないか。いったい何がおきていやがる? ……いや、今はニーナ達が心配だ。こんな状況で外にいるなんて危険すぎる。
今は“家族”を助けることこそが最優先だと結論付けた。
ジャックは跳ね橋へと大きく飛んだ。
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