第19話 闇商人ベルメール

 ベルメールは泡立つエールを飲み干すと、テーブルにドカッと音を立ててジョッキを置いた。燃えるような赤い髪がロウソクの火に揺れて輝きを増している。


「ぷっはぁぁぁあ! 生き返る~!」


 ここ、スラムの古道具屋ではむさ苦しい髭の男が真新しいアザだらけの顔でオドオドと高価なはずのエールを次々に運んでくる。


 ベルメールがギロリと睨みつけた。まだ許していないぞとその目が言っている。髭の男はこれ以上ないぐらいに隅で小さくなった。


 ベルメールはもう一口飲むと、テーブルに並ぶ人買いから奪った宝石類をコロコロと指であしらいながら言った。


「それで? どうしてあたいを助けになんか来たんだい? ジャック」


 ジャックは目線を上げてベルメールを睨んだ。ベルメールは悪びれた様子もなくイタズラっぽく笑った。


「ああ、そうだった。そうだった。今はただのジャックだったね」


 胡散臭いとばかりにジャックは鼻息を飛ばした。


「買いたいものがあっただけさ。これからの旅には必要になるんでね」


 カインが斜め下からじっと見てくるのを感じるが、それを無視してジャックは続けた。


「弾丸は今どれぐらいある? 拳銃と猟銃の弾だ」


「今あるのだけで、五〇と三〇ってとこか」


 ベルメールはそう言い、隅で小さくなっている髭の男を促した。


「おい、ピケット。それぐらいだよな?」


 エヘエヘと青アザだらけで歪んだ顔に精一杯の笑顔を作ってみせる。ピケットはベルメールの不意をついて人買い集団に攫わせたらしい。ちゃっかり料金を受け取って。自分を騙して人買いに売った男を殴るだけで許すはずがないが、今はまだ希望を持たせとけばいい。地獄に叩き落とすのはいつでも出来るのだ。体のいい奴隷のいっちょ上がりだ。


「そ、そうでやす。姉御」


「フン、足りないな」


「そうは言うがね、ジャック。これしか無いんだ。今はどこもかしこも戦争の匂いがプンプンしているからね。……それより代金はあるんだろうね?」


 ジャックは黒いローブの下でゴソゴソと肘を動かしテーブルの上に出そうとした。


 手がないので掴めない。


 チラチラとカインを見る。


 掴めない。


 カインに鼻がくっつくほど顔を近づけて困ったような顔をしてみせる。


 このままだと唇を頬っぺたまでくっつけて来そうな予感を感じたカインは、見かねてジャックのローブに手を突っ込んで、手のひらサイズの袋に入った金を出した。


 ベルメールは手を伸ばしてテーブルに置かれた布袋の中を見ようとした。それをジャックの手首の先のない腕が制する。


「おっと待ちな。あんたを助けた代金を貰ってからだ」


 ベルメールは眉をひそめた。


 しばらく交渉するように見つめ合ったかと思うと、ベルメールはふっと肩の力と顔の筋肉を緩めて言った。


「ピケット。ありったけの弾丸をくれてやりな。それと、“アレ”もだ」


 ジャックは感謝すると言った。



 ***



 ピケットはジャック達を引き連れ、テント小屋の中にある武器庫に屈んで向かっていった。


 ベルメールが先に入ると、続こうとするピケットを肘で押しやってベルメールの張りのあるいい尻に続いた。後から仕方なくカインが続き、ピケットが続く。ピケットは屈んでいるカインの修道服の淡い匂いに鼻をひくつかせ、カインの尻を眺めた。


 カインはなぜか寒気を感じ、自分の腕を抱き込んだ。


 ベルメールは壁に手を付いて、壁そっくりな布を退けると、番号が並んでいる奇妙な板を出した。その様子を見ようと覗き込むピケットをベルメールは睨みつけた。


 ピケットは縛られた両手を上げて、これ以上殴られるのはゴメンだと後退していった。


 ベルメールが壁に張り付くようにして手元を隠し、再び壁に手を当てて何度か指を滑らせると、壁は音も立てずに横滑りしていった。


 光り輝くような宝石類が並び、禍々しい刀剣が壁掛けに累々と並んでいる。そのどれもがピリピリと肌をイラつかせる。


「こりゃぁ……またすごいな」


「ああ、盗品だが物は一級品だ。呪われてなけりゃ売れるんだがね。もっとも、魔王を倒したって言う勇者様も手に負えなかった武器ばかりなんだ。なんせ、振っただけで不幸になるってんだ。ただのコレクションだよ」


 ジャックは感嘆の声を漏らすことで答えた。


 小屋の角にある木箱の中からピケットが布袋へと弾薬を移しているのが見える。


 ベルメールはその横にある木箱をジャックへと手渡した。


「これは?」


「餞別だ。……それと、一応の礼だ」


 ベルメールは大きな胸の谷間に手を突っ込んで、挟まれていたネックレスの先端を引っ張り出した。その先には小さな鍵がついている。


 ベルメールの手が木箱の錠を外すとカチャリと仄かな音がする。


 ジャックの両肘が木箱を挟み、ベルメールがジャックに見えるように箱を開けてやる。


 木箱の中には黒い弾丸が一発だけ納められていて、不思議な紋様が施されている。カインはその紋様はどこかで見たような気がしていた。ベルメールがその表情を見て、微笑をこぼして言った。


「この弾丸は、その拳銃に納められていたものさ。これは“魔弾”と呼ばれるもので、“とある魔法”が封じられているらしい……」


「魔法?」


 カインが思わず聞くと、ベルメールは頷き言った。


「そうさ。その拳銃が沈没船から見つかった事は?」


「聞きました」


「その沈没船には謎が多くてね……。どこから来て、誰が乗っていたのか。そしてなぜ沈んだのか。全て謎なんだ。頭でっかちの学者の中では古の海賊が乗っていたと言うものもいるらしい」


 カインは拳銃を取り出してマジマジと眺めた。


「そんなものを、どうして父さんが?」


「言ったろう? 教皇庁に進呈され、悪魔祓いに使われていた。そして高位神官である者の手にあったんだ」


〈それが父上……か〉


 カインが瞳を閉じる。


「……今は旅の御守りだと思っていればいいさ」


 そう言ったジャックの肘がカインの肩に置かれると、胸に去来する想いを打ち切った。カインは拳銃をしまいながら言う。


「そうだね」


 カインは首から下げているネックレスを握り締めた。二つの指輪がチャリンと擦れる音がした。

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