遥かなる旅立ち
第1話 遥かなる旅立ち
吸血鬼たちとの戦闘で半壊していた孤児院の修復は、メドベキアの町の住民達が総出でやってくれることになった。”化け物達の孤児院”と不遇な名前で陰ながら呼ばれていた事を思い返せば、天地がひっくり返った事のように思われる。
完成したあかつきには、みんながいつでも帰って来れるようにとグレイス孤児院の管理を酒場のデール・オルソンと、レオ・モリス神父が交代でやるよう申し出てくれた。
出発の日、レオ・モリス神父は地図と、町の寄付金をカインに手渡した。
「え?」
驚き、あまりの事に戸惑うカインを余所にレオ・モリス神父は笑顔でカインの手に
「こ、こんなの貰えないよ」
「いいんだよ。カイン君」
「で、でも……」
「受け取ってくれ。これは町のみんなが少しずつ集め、お礼と今までの非礼を詫びたものだ。君は、そんな善意を断るのかい?」
レオ・モリス神父は真剣な顔で諭すように言った。
「い、いや、そういうわけじゃ……」
レオ・モリス神父は急に表情をいつもと同じやんわりとした顔に戻して言った。
「なら、断る理由はないね」
カインは唖然としてレオ・モリス神父の顔を見ていた。
ジャックはカインの横に歩み出て、頭を下げて言った。
「ありがとうございます。ご好意に感謝します」
レオ・モリス神父は笑顔で応え言った。
「まずはどこに行くことにしたんだい?」
ジャックは目線を軽く逸らして考えを巡らせた。神父達には申し訳ないが、孤児院が出来上がるまで船で大陸に渡り、怪我の治療も兼ねた温泉巡りにでも行こうという話になっている。表向きはだ。本当は、吸血鬼化したシスター・リースを人間に戻す旅だとはとても言えない。
「マロネ諸島にあるプリンシペル島に向かうよ」
そこは温泉が有名で、火山島でもある。
「ほう、あそこへ」
レオ・モリス神父は中空を見て、何事か思い描きながらニコッと笑って言った。
「さて、私は一足先に戻らせてもらうよ。説教の準備があるのでね」
「こっちも料理の仕込みがあるから戻るよ。あぁ……なんだ。その、マリア、気をつけて行くんだぞ。帰ってきたら約束通り料理のレシピを教えてやろう」
「本当? ありがとうデール」
デール・オルソンは優しい表情でマリアの肩に手を置いて言った。
「ああ、本当だとも」
「さあ、名残惜しいがそろそろ行くよ。幸運を祈る。メドベキアの英雄たちよ」
レオ・モリス神父は言いながら手を振って去っていった。
デール・オルソンはマリアに大きな包みを手渡し、道中で食べるようにと言い含めた。デールの大きな身体のわりには小さな瞳を潤ませてマリアを抱きしめた。まるで娘の旅立ちを惜しむ父親のように。デールは娘を病気で失っている。その面影をマリアに見ているのだろう。デールは別れを惜しみながら去っていった。
みんなは旅支度をした。長旅になるため、忘れ物のないようにともう一度チェックしている。
ジャックは一際大きな荷物の前にしゃがんだ。旅立つ期待感からか、ジャックの茶色いリュックサックが身長の倍ぐらいの大きさに見える。
ジャックは両肘から先を失ったまま、人一倍大きな荷物を担ごうとした。今にもはち切れそうなリュックサックが可哀想なぐらいだ。
「あ、しまった。手がないから背負えないや」
ジャックはしゃがんだまま、首を旋回させて誰かに助けを求めながら言った。
「私が背負わせてあげるわ!」
小さなニーナは胸を張って言った。指をクイクイと動かすと一際大きな荷物がふわりと重力を無視して浮かび上がる。
「ああ、助かるよニーナ」
言いながら、解いたチカラの拍子にひっくり返りそうなほどの重みを感じる。
「うぇ? な、なんかおかしくない?」
ジャックは重みに耐えている脚をブルブルさせて言った。
「ね、ねえ、カイン君? なんかすっごい重たいんだけど……これなにが入ってるの?」
カインはメモを白いジャケットの胸ポケットから取り出して見ながら言った。
「マリアの剣と皮鎧一式。ビリーの短槍。シャオの猟銃と僕の拳銃。アンバーの弓と矢、ルディの火打ち指輪に、あとはみんなの着替えとか、オムツとか」
「いやいやいやいや、おかしいでしょ。自分たちの荷物は自分たちで持ちなさいよ」
しゃがむ過程で尻もちをついたジャックのやたらと重量感のある荷物に群がってきた。みんなが渋々集まり口々に「ちぇ~」とか「えぇ~」などと呟いた。
「ちぇ~でもえぇ~でもないよ。まったく」
ジャックはボヤいて年甲斐もなく子供たちのように頬っぺたを膨らませてみせた。
大きなリュックサックからみんなが自分のリュックサックを取り出すと、随分と軽くなった。それでも重たい。まぁこれぐらいならしょうがないか。大所帯だからな。
ニーナはお気に入りの黒のセーラー服に黄色いリュックサックを背負っている。端っこにはニーナの大好物の小さなリンゴが刺繍してある。背中とリュックサックに挟まれた、橙色の長い髪をふわりと引っ張り出した。垂れた猫耳風に結ってもらった部分が崩れていないかを手鏡で確認している。
マリアはヘアゴムを口に咥え、金色の長い髪をいつものポニーテールに結い直している。白のタンクトップに、青いショートパンツ。そして茶色いお気に入りのブーツ。緑色のリュックサックに皮鎧一式を押し込むと剣を腰に帯びた。
シャオは薬が入っているポーチとリュックサックを背負うと、重みでフラつきながら立てかけてある猟銃を肩にかけようと四苦八苦している。ジャックは見かねて言った。
「シャオ、そいつは俺が持つよ」
シャオは分厚い丸いメガネを持ちあげながらニッコリ笑ってお礼を言いながら、荷物に猟銃を括りつけた。
「ありがとうございます、父さん」
毛先に向かうほどふわふわした黒髪のアンバーは弓と矢をリュックサックの脇に絡めて背負うと、なめし革の靴の踵をトントンと地面に打ち付けた。
カインは綿のシャツに黒いパンツ。白のジャケットを着て地図を眺め、手帳に何かを書き込んでいる。
ルディとビリーは出発の時間になっても海賊ごっこの格好をしていて、マリアにゲンコツをされた。それから大急ぎで着替えていた。
今はみんながルディとビリーの着替えを待っている所。
ルディは茶色い膝丈のパンツを引き上げながら転がるように走り出てきた。白いタンクトップの上にダボッとした赤いウール生地のジャンパーを羽織っていて、肩の所から灰色になっている。
ビリーは慌てすぎて孤児院の門扉の前で転んだ。黒い膝丈のパンツに白い綿のシャツ、その上にルディと色違いの青いジャンパーを羽織り、背中に黄色い肉球のワッペンが縫い付けてある。ビリーとルディはこのジャンパーが気に入り、メドベキアの町の商店でゴネにゴネて買ってもらった。ちなみにルディの背中にも黄色い肉球ワッペンがついている。
マリアが駆け寄ってビリーのトレードマークの青い帽子を拾って渡した。ビリーは赤面して帽子を受け取ると深く被り小声で礼を言った。
リースはミカエルと手を繋いで孤児院に手を振り、さようならではなく「行ってきます」と言った。
メドベキアから西に二時間ほど歩いたところに馬車の停留所があり、しばらくすると乗り合い馬車が老いた二頭の馬に引かれてえっちらおっちらとやって来た。客は他には居らず、ジャック達が乗り込むとぎゅうぎゅう詰めになった。
道中にはたくさんの木々が鬱蒼とそびえ立っている。死霊の森ほどではないが大きな木が大小の葉をつけ、その隙間から登った太陽の陽が馬車の間から移りゆく様を見せていた。
石畳の街道が見え始めると、馬車はガタゴトと心地よく揺れ始め、辺り一面を草花が埋め尽くしていた。桃色の花や純白の花が時おり溺れそうな顔を出している。遠く目に黒い煤を吐き出している煙突が立ち並ぶ様が木々の間から見え始めていた。その様は壮観で、まるで世界中の雨雲をここで製造しているかのように見えるほどだ。
馬に引かれる荷車から見える景色を子供達は目を輝かせながら見ていた。乗り出すと危ないぞとカインが注意しながら、長椅子の背もたれに肘を置いて外を眺めている。サラサラした黒髪が陽を受け、天使の輪っかを作っていた。ルディとビリーはあれはなんだ? と指を指し興味津々だ。その度にジャックやカインが教えてやる。
そのうちに揺られて気持ちよくなった子供たちはウトウトと眠気に襲われていた。ミカエルは気持ちよさそうにリースの腕の中で丸くなっている。
草花の先の砂地に、何かの群れが砂埃をあげているのが遠く目に見え、ニーナが指さして言った。
「父さん、あれはなに?」
「あれか? モンスターだ」
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