第28話 紫色の死の閃光

 ジャックは腰のククリを抜き放った。通常より少し大振りなククリは斧と剣の中間のようだ。


 ジャックは異臭を放っている背中の上から、強靭な太ももの筋力を最大限引き出して上空に飛び上がり、はるか下のアルノルトの成れの果ての姿を見下ろす。


 巨大で腐りかけている身体。歪な腕、左右で不揃いな脚、そして胴体と同じぐらい大きくて皮膚すらなくなった骸骨頭。その胴体ですら大きすぎて、腕と脚を使って這いずり回るしかなくなっている。まるで巨大な赤ん坊だ。


 進化の果てが胎児とはな……皮肉なものだ。


 その前方ではアンバーとカインが、後方ではビリーとルディが止めようとしてくれている。


 なんだ? アルノルトの様子が……。


「ギイぃぃぃぃイイ!」


 アルノルトはその巨体の胸を押さえて苦しんでいるように見える。


 これは? いや、いけ!


 ジャックはククリを両手で持つと、腕に筋力を集中して肩口目掛けて投げ飛ばした。


 ククリはブーメランのように回転し、刃が空気を裂く度に低い音を立てながら、アルノルトの振り回している右腕とは対象的に、身体を支えている左肩に深く刺さり柄まで一気に埋まった。


 投げた時の勢いのまま回転し、常人なら筋肉が引きちぎれるほどの遠心力に逆らい腹筋を使って膝を抱え込んだ。さらに回転が早くなる。


 ジャックは落下しながら勢いをつけて、ククリの柄に蹴りをお見舞いする。


 ジャックの体重が乗った勢いで、刺さっているククリはアルノルトの肩を滑るように斬り裂いていった。


 やがて左腕が肩から斬り落とされた。ズレた腕がゆっくりと落下していく。


 右腕の自由を効かせるために、左腕に寄りかかり任せていた。その体重の支えを失った巨体は地面に突っ伏した。


 ドドドズズズウウウウン!


 地面が縦に揺れるほどの振動が起こる。


「イィギイイイイイイイ!」


 アルノルトは悶え苦しむ。


 すごい!


 カインはその光景を見て勝利を確信した。


「チャンスだ! アンバー!」


「うん!」


 カインは拳銃を撃った。アルノルトの頭蓋に傷が入る。眼窟がんくつの紫色の光が明滅して弱々しい光になっていく。


 その隣でアンバーは火矢を放つ。空気を切り裂く音とともに倒れている身体を乗り越え背中に刺さって辺りを燃やす。




「うわわわ!」


 ビリーは並んでいる脚がバタバタと暴れ回る様子に驚いた。かと思えば、前方でアルノルトの片腕が地面に落ちて砂煙が上がり、引っ張られるように身体が地面に倒れ込んでくる。


 並ぶ脚が支えようと頑張るが、枯れ枝のようにボキボキと折れ曲がる。ビリーが走って離れると地震が起きた。


「無事か!? ビリー!」


 砂煙の中、うっすら見える巨体の尻の向こう側からルディの声がする。


 思い切り吸い込んでしまった砂煙にむせながらビリーは答えた。


「ゲホッ! ぺっぺっ! ああうん! こっちは大丈夫! そっちは大丈夫!?」


 ルディはビリーの声を聞いて安心した。


 急に巨体が左前方に倒れ込むからビリーが潰されたかもしれないと思ったのだ。何しろ運の悪いやつだからってのもある。ルディは答えた。


「こっちも大丈夫!」




 ジャックは腐り果て溶けかけている巨大な左腕からククリを引き抜き、アルノルトの背中に飛びついた。


 アルノルトの背中の突起が紫色の光を帯び始め、先端の開口部が勢いよく空気を吸い始める。


 虚をつかれ、思わず吸い込まれそうになるが、爪を突き立てて身体を支え、ククリを深々と突き刺して耐える。


 今度はなにが起こるんだ?




 アルノルトの眼窟がんくつが紫色の光を強め、吸い上げた空気を体内に溜め込んで腹が膨れあがる。


 アルノルトの右腕と膨れあがった腹部が巨体を支える。


 上顎と胸に位置する乱列した牙が倒れるように大きすぎる口を開けた。


 深淵の如く深い。その中心が紫色の強烈な光を生み出し、一点に集束する光がパリパリと大気を震わせて明滅を始める。そのタイミングがどんどんと早まっていく。


 なんか、やばくないか?


 アンバーはチカラを大急ぎで発動し助走をつけた。カインを抱える形で横に飛んだ。




 紫色の閃光が闇夜を切り裂き木を焼きちぎる。地面を消し飛ばしながら放たれ、メドベキアの町を一直線に焼き払った。


 孤児院へ向かう丘が半分抉り取られて大穴を開ける。


 直線上にあった物も人も等しく”今”消え去ったのだ。


 カインとアンバーは勢いがついたまま地面に倒れ込んだ。そして恐怖した。


 さっきまで立っていた場所がもうどこにも存在しない。それもカインのすぐ足の先の地面さえもだ。深く抉れ別の地層すら見える。


「た、助かったよ。アンバー」


 アンバーは青い顔で頷いた。




 ジャックは貫かれ焼ける町を見た。見知った人々の顔が脳裏をよぎる。


「こんな……クッソォー!」


 ジャックはククリを振り回し、光を失った背中の管に斬りかかったが、ククリは管にめり込んだまま止まった。


「このっ!」


 ジャックは両手の爪を伸ばし切りつける。爪が弾かれて欠け、折れた。


 ジャックはククリを引き抜こうと足をかけて引っ張った。


 ぬ、抜けない! 硬すぎる。そうか、これは骨で出来てやがるんだ。


 閃光を放った後、アルノルトの巨体が動き出した。


 左肩から菌糸が伸びるように腕が再生を始める。


 右腕が地面を掴み身体を引きずり、再び前進を開始する。


 右脚が大地を踏みしめ、へし折れていた左脚が再生して地面を蹴るようにすすむ。



「こらー! あんたたちー! ビビってんじゃないわよ!」


「ニ、ニーナ?」


 ルディとビリーは後方を見た。


 ニーナが走って追いついてくると、倒れた巨木の一つを浮かび上がらせた。折れた時に割れたのだろう。先が尖っている。


 ニーナはチカラを使って飛び上がり、身体を捻るようにその両手を振り下ろした。


「ああああああああぁぁぁ!」


 巨木は空気を切り裂いて加速し、化け物の背中目掛けて落下していく。


 巨木が背中の肉を押し退けるように突き刺さっていく。が、分厚すぎる肉がそれを許さなかった。巨木は勢いを弱めていく。


「あ、あんたなんかに! 負けないんだからあぁ!」


 ニーナの髪の色と同じ橙色の瞳が明るい光を灯す。突き出した両手にチカラを込める。鼻から鮮血が飛び散った。構わずニーナはさらにチカラを込めていく。


「貫けえぇぇえええええ!」


 止まりかけていた巨木が再生を始めている肉を巻き込み、捻り切るように回転を始め、さらに奥へと突き進んでいく。


 やがて巨体の肉をすべて貫いて地面に食い込んで止まった。


「イぎィアアアアァあァ!」


 アルノルトは断末魔の叫び声をあげた。


 アルノルトは腕を伸ばして巨木を引き抜こうと右腕を伸ばす。が、届かない、集束して一本になっている腕をバラけさせて腕を伸ばしていく。


 背中で管に刺さったククリを引き抜こうとしているジャックの横を腕が通過していく。


「ォォォォオオオ!」


 ジャックは渾身の力でククリを引き抜いた。勢いのまま細く散らばった腕を斬り落としていく。




 ニーナは地面に降り立ち、鼻血を腕で拭うと、ルディとビリーの元へ歩いていった。


「ニーナ! 休んでなきゃダメじゃないスか!」


「休んでなんか……らんないわ、シスターを助けなきゃ」


「わがまま言ってないで休んでろよニーナ」


 ルディは、膝に手をかけて荒い息をしているニーナの細い肩に手をかけて言った。その腕を払い除けてニーナは怒鳴った。


「あたしに……あたしたちに、また母親を失えって言うの!? ふざけんな!」


 ニーナは息を吸い、闘志を燃やしながら言った。


「こんなやつ、あたしのチカラで殺してやるんだから!」


「ニ、ニーナ……」


 ビリーは困り果てている。


「……ニーナ、気持ちは同じだ。だから、休んでろよ」


「あんた達だけじゃダメじゃない。あたしが……あたしがやらない……と」


 ニーナは地面に倒れて気を失った。


「情けないな……おれたち、なんだかんだこいつがいなきゃここまで来れなかったかもな」


「心強かったっスね」


「やるしかないなビリー」


 ビリーはため息をついて言った。


「そうっスね」


 ルディとビリーは拳を合わせた。アルノルトへと向かって歩み出す。


「……とは言ったもののどうしたもんかな」


「おれのチカラだけじゃデカい玉作っても投げらんないんだよな」


「そもそも、なんで投げらんないんスか?」


 ルディは頭を捻った。


「くっついてる? あとブニョブニョしてるんだよ。風船みたいに」


「なんでくっついてるんスか?」


「チカラを出してるとくっついちゃうんだよ」


「でも、チカラを解くと離れるんすよね?」


「ああ、勢いをつけりゃカサブタみたいにベリっとな」


「うーん。それなら、もう一つ玉を作って押し出しちゃえばいいんじゃないスか?」


 ルディはハッとする。それだ! と言わんばかりにビリーを指さす。


「ビリー! おまえ天才だな!」


「よし! おれはそれやってみる!」


「……ところで、おまえの方は?」


「ぼくのは、ただ単に全力出すと痛いんスよ」


「はぁっ?」


「いや、いつものぐらいならいいんスけど、全力でやると自分も痛いんスよ? アレ」


 そ、それだけ?


「あぁ! 今、それだけって思ったっスね!」


「本当に痛いんスよ! あれは!」


「分かった分かった。じゃあ……気合いしかないな」


「そっスね……」


 ルディは立ち上がりながら言った。


「これ以上ニーナにカッコ悪いとこ見せらんないだろ?」


「そっスね。たまにはカッコいいとこ見せとかないとっスね」


「さーて、やりますか!」


「ガツンとやったりましょ!」


 倒れているニーナに二つの上着をニーナにかけてやり、ビリーとルディは拳を打ち合わせて走っていった。

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