天の子と黒鬼

紅椿

第1話後始末

 昔から、都市伝説や神様仏様、妖怪や幽霊と言った本当に存在しているか分からないモノの話を、誰もが一度は聞いたことがあるだろう。

 例えば河童。川に住んでいて頭に皿が乗っているアレだ。会えば尻子玉を抜かれるとかなんとか言われているが、実際は溺れて亡くなった方と見間違えたのが、噂に尾ひれがついて「河童」として伝わったという話もある。

 昔だと信じられてきたが、この現代社会では後者の方が現実味があるだろう。

 だが、一度は皆夢見るだろう。自分たちが見たことのないナニカが、自分のすぐ近くに居るかもという事を……。


「なあ聞いてるか?」


 窓の外がオレンジ色に染まって、外では野球部やサッカー部が活動している。

 そんな部活時間に、俺たちは机を何個もくっつけて、広くとった場所に写真や記事やらを広げていた。


「ん……?ああ、すまん聞いてなかった」


「おいおい、俺が熱弁してたのにお前は何を妄想してたんだ?温度差酷いぞ」


 「世界の本怖スポット!!」というありがちな本を握り締めて、熱く語っているのは今井拓斗(いまいたくと)。小学校からの幼馴染だ。

 昔は幽霊何て信じないとか言ってたのに、高校になった今じゃオカルト大好きな高校男子になってしまった。そのせいでオカルト研究会なんてものを作り、俺は半ば無理矢理そこに加入させられた。

 

「もう一回いうけどな、この写真!明らかにこの人の事を呪おうとしてると思うんだよ!なあ?どう思う?」

 

 拓斗が見せてきたのは、仲のいいカップルの写真だ。家の庭だろうか?恐らく家庭用花火で遊んだ後だろう。浴衣を着た女性の横に、恨めしそうに映り込む女の顔。首から下が無い、いわゆる心霊写真だ。


「合成だろ」


「だから温度差!お前も昔は信じてただろ?なあなあ!……ならこれは?」


 次はトンネルで撮った写真だろう。人は写っておらず、落書きの様な物を写している。

 が、写っているのは落書きだけではなく、赤い煙の様な物が写っている。


「これは霊が怒ってるときに撮れる写真だっていう話だ」


「レンズが汚れてただけだろ」


 俺がそう言うと、拓斗はガクッと力が抜けたように机に顔を打ち付けた。

 その時ゴン!という音がしたから、多分おでこが赤くなっているだろう。


「もう帰る……」


 そう言って写真を全てカバンにしまい、トボトボと教室を出ていこうとした。拓斗が教室のドアに手をかけた時に、言っておくことを思い出したので、拓斗が帰る前に言った。


「その写真、どうせコピーだろうが燃やしておけよー」


 拓斗からの返事は帰ってこず、ドアが閉まる音だけが聞こえた。


「ねえ、流清(りゅうせい)くん。何であんな夢を壊すような事言ったの?」


 椅子に座って黙って話を聞いていたもう一人、如月飛鳥(きさらぎあすか)が机に肘をつきながら聞いてきた。

 飛鳥は小学五年生の時に、都会から引っ越してきた。頭もよく、顔も良いため男子からの人気が中学で爆発したんだが、俺達みたいなさえない奴とこうして放課後オカルトの話をしている。小学校の頃は髪が短くて男の友達みたいだったが、今は肩位まで髪を伸ばしているせいで、女子っぽさが出ている。


「あいつは調子に乗るとすぐに色んなモノ拾ってくるからな、心スポで見つけた石やらなんやら……だから夢は砕いた方が良いんだよ」


 そう、あいつがオカルトにはまり始めた時は、よく色々なものを拾ってきていた。その時は未だ飛鳥はいなかったが、石やらお札やら、ひどいときは祠の中の鏡等。

 決まって写真を見せてきた後にそういう事をするから、最近は幽霊はいないと思わせる様に努力している。


「ふふ……。私、時間も遅いし帰るね」


「送って行こうか?」


 俺がそう言うと、飛鳥は首を振って帰って行った。

 外を見ると、あたりが暗くなり始め、部活をしていた運動部の奴らも後片付けを始めていた。

 俺も帰るか……。そう思い席を立ったが、位置を変えた机を一人で片付けてから教室を出た。


「いつも俺が後始末しないといけないんだよ…」


 街灯が光り始めた道を歩きながら、そんなことを考えていた。

 車が通る大通りを抜けて、横道に入って行く。段々人通りも少なくなっていき、通る車の数も減って行った。家に着くころには、道を歩く人は俺しかいなかった。

 木の柱に天寺と書かれた門を潜り、俺は帰宅した。

 家に入る前に、外の水道で手を洗い、引き戸を引いて家に入った。

 中に入ると数名がお経を唱えている声が聞こえていた。いつもの事だからあまり気にはしなかったが、今日は少し力が入っているな……。


「あら流清。早かったわね遊びに行ったんじゃなかったの?」


 お経が聞こえてきていた方とは反対の方から、母が歩いてきた。

 和服に割烹着、まるで昭和の様な格好の母は、手にお玉を持っている。

 そんな母が、全く身に覚えのないことを言ってきた。俺は一度も遊びに行くとは言ったつもりは無いが……。


「……いや。忘れ物を取りに来たんだ。直ぐに行く。あ、ご飯は残しておかなくてもいいからみんなで食べてて」


 そう言って靴を履き、鞄を持って家を出た。

 そしてスマホを取り出し、学校から一番近い心霊スポットを検索する。

 検索結果は歩いて十分。ここからだと大体二十分かな?

 大橋トンネル。建設時に事故が多発し、予定より三か月遅れて完成したトンネル。その後も夜中に通ると窓を叩かれるなど、心霊現象が多発しているらしい。


「そろそろお守りとか作って持たせないとな……」


 俺はスマホを鞄にしまい、大橋トンネルに向けて歩き出した。

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