第32話 絶望へのカウントダウン2
練習を再開してから体調のことは気にならなくなった。むしろ、体調なんか悪くなってないだろと思うようにすらなっていた。加藤の思いすごしでほんとは顔色なんか悪くなっていなかったのかもしれない。それならそれでいい。今はとにかく練習に打ち込んでいたい。リレーは一人ひとりの力が必要だ。だれか一人でもかけたらリレーが成り立たなくなる。そうでなくても俺は短距離専門じゃない。その点が一番の心配だが、青春先輩からのお墨付きをもらっているからたぶん大丈夫だろう。言動はアレだが、それ以外は信用してもいい人だと思っている。言動はアレだけど。
陸上競技は何も長距離、短距離だけではない。ハードル走やハンマー投げ、走り幅跳びなど多岐に渡る。俺は長距離を専門としているが、この学校ではそれぞれ専門にしている人がいる。どこも県大会予選に向けて練習に励んでいる。
「ちょっと!」
俺は膝に手をつき、息を整えているとどこからか女子生徒の叫び声が聞こえてきた。俺は声が聞こえた方向へ視線をやるとまさに一触触発という感じで睨み合っている男女がいる。あそこはたしか、ハンマー投げだったか。
「投げるときは声掛けっていつも言ってるでしょ!」
「んなもんいらんでしょ、先輩。投げるのなんて見ればわかるわけだし」
「安全第一って書いてあるのが見えないの?それとも文字が読めないの?バカなの?」
「うるせぇーなぁ。···········ほらほら」
幼稚園児よりたちの悪いやつがどうもいるらしい。ハンマー投げのたまはかなり重いと聞くし、人にあたったらただではすまないだろう。それにしてもあんな部員いたのか、知らんかった。練習してるってことは実力はあるのか?実力があっても人間性がなってないのだから、選手として同じ試合に出るということを俺は認めたくないんだけどな。昔からこういうやつはいたけど、態度がでかい、礼儀を知らない、口が達者と悪評を言ったらきりがない。とにかく、そういう人はレギュラーから外してもらいたい。青春先輩の管轄なのかは知らないけど、もしそうなら、今からでも外してもらえないかな。
「そんなんだからレギュラーから外されるのでしょ!」
あ、もう外されてたのか。俺の懸念はいらんかったな。
「うるせぇ!!!」
男が近くにあった少し大きめの重そうな玉を注意していた先輩に向かって投げつけた。先輩はすぐさま避けて男を抑え込んでみせた。しかし、それが悪手となった。
「加藤!!!」
先輩の少し後ろあたりにいた加藤に当たりそうになっていたのだ。俺は走って加藤をかばう。
「ぐっ!」
玉は俺に当たった。俺は思わず顔をしかめた。
「「良太!!」」
池の声と近くの加藤の声が聞こえた。
(聞こえてるよ、ふたりとも。それより俺は今どうなって······)
俺は下をみると玉は俺の足の上にあった。足の骨が折れたのかな。俺は左手を使って確認しようとしたができなかった。左手が変な方向に曲がっていたから。
「はっ··········?」
左手の異常に気づいたとき痛みが急に込み上がってきた。
◇
「がァァァァァァァァァ」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
思っていた以上に痛い。
「良太!大丈夫か!」
池が俺に駆け寄ってきてそういった。俺は痛みに耐えながら、
「いつも冷静な池が慌てるなんて珍しいこともあるもんなんだな」
「バカ言うな!こんなときに冗談言ってる場合じゃ·······!」
「冗談言わないときついくらい痛いんだよ、池。察してくれ」
俺は痛みを発している自分の“左腕”を見ながらそう言った。俺の左腕は変な方向に曲がっている。赤く腫れ上がり、骨折していることは間違いない。
(これは、やっちまったな······。青春先輩に謝らないと)
俺は空を見上げて現実逃避をしていると、俺の視界が少し薄暗くなった。
「·····怪我はなかったか、加藤」
ぽたぽた。俺の顔に水がたれてきた。水と言っても普通の水ではない。加藤の涙のしずくだ。
「わ、私のせいで·····ぐす····ごめんなさい」
「·······俺が勝手にやったことだから、気にするなよ」
俺はそう言って加藤に向かって笑いかけた。
これぞまさしく、絶望のカウントダウン。なんて冗談でも済まないことだった。
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