俺と雪女

みずけんいち

第一章

第1話 世の中には無能な人など存在しない

『なんでこんな事もできないの!!』


 俺はそう母親に言われ、髪を掴まれて部屋の奥底へと連れて行かれた。その一室は薄暗く、周囲を見渡せない。ここに連れてこられた理由など考えるまでもない。それは、“虐待を隠すため”ってところだろう。


 その通りに俺は蹴られ、殴られ。

 俺は泣いたり、喚いたりせずやられるがまま。そんなことをしても助けなど来ないことを俺は知っているからだ。

 母親は気が済むと俺から離れた。そして、いつものようにその言葉を口にした。


『この“無能”が!!』


 無能。俺は兄弟からも母親からも父親からも、祖母からも、親戚からもそう呼ばれている。実際、俺は勉強もスポーツも何もできない。それゆえに無能。


 俺は痛みが引くのをじっと待ってから自室に戻った。俺の自室は、兄弟や両親から一番離れた場所にあり、そして、一番汚い部屋を与えられている。両親は、俺が何もできない無能だと思っているため、俺の手伝いなどしやしない。


『別にそれでも構わない。高校に行くまで我慢すればいい』


 高校生となれば、俺は一人暮らしをするつもりであった。こんな生活はごめんだということもあるが、俺を唯一無能と呼んでいない祖父の存在が一番大きい。


『お前は無能なんかじゃない。まだ、才能が開花してないだけだ。焦らなくていい。ただ周りから何かを言われたからと言って諦めたりするな。努力し続けろ。そうすれば、お前は必ず報われる。じいちゃんが保証してやる』


 俺が祖父の元へと行くと必ずそう俺に言ってくれた。俺の唯一の救いだった。

 そして、俺は祖父の言っていたことを実践した。焦ることなく、努力する。両親や兄弟と違い、才能がまだ開花していないから。




 俺は高校生となった。親の元から離れ、一人暮らしを始めた。親からの仕送りはない。俺が高校に入れたことすら両親は知らないのだ。無関心。それがアイツらの俺への対応といったところ、か。

 だが、祖父からの仕送りはある。祖父だけが俺の通う高校を知っており、そして、俺がもう“無能”ではないのを知っている。俺の通う高校は、偏差値75を超える名門校である。


 母親から虐待を受けながらの勉強は小学生に上がる前になくなり、俺はひたすら一人で勉強してきた。両親と兄弟からの会話もすることなく、ひたすら一人で。そして、中学生となったとき、俺は学年トップになった。祖父はこれを聞いて喜んでくれた。その調子のまま高校受験を乗り越えて、今に至るわけだ。


 俺がこれまで努力してきたのは両親や兄弟らに対して見返してやろうなんて理由ではない。あんなやつらを家族と思ったこともない。


 俺はこの高校にきたのは証明するためだ。


 この世には無能である人は存在しないということを。

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