第2話 背信者ゆえに…

 さすがは隣国にまでその名が轟いていた最強騎士です。

 ブランクを感じさせない動きに、我が兄ながら惚れぼれします。

 

 かつて魔王討伐の最右翼と呼ばれた彼の剣技は、まさに芸術の域でした。

 目にも止まらぬスピードでわたしの肢体に絡みついていた触手を切り捨てると、ふわりと空中に浮いたわたしを抱き止めてくれました。


 調律の狂ったストリングスの共鳴のように。

 ダメージを負った触手のモンスターが慟哭と共にさらなる地下と逃げ帰って行くのと、わたしを抱いた兄の強靭な肉体が地面に着地するのとがほぼ同時でした。


「兄さん……」


 下から見上げるあごのラインが美しい。

 さらりとしたロングのストレートヘアがわたしの丸い頬に優しく触れました。

 神官見習いとして、聖職に身を置いているわたしが言うことではないのですが、ましてや血のつながった実妹が言うことでもないのですが――これはときめいてしまいます。


「兄さん、あの、ありが」


「一つ目コウモリ! いまのちゃんと撮れたっ?」


 あ、あれっ。

 兄は安全な場所へとわたしを降ろすと、真っ先に一つ目コウモリの所へ行ってしまいました。

 そして手にした剣を……あ、あれ?

 違います!

 兄が手にしていたのは――異界よりもたらされた万能調理器具ホットサンドメーカーです!

 ということはさっきの触手を斬ったのは、まさか……。


「ふむふむ。いいな! やっぱり女子が触手に責められているのは見栄えがする。これでさらに登録者数も増えるというもの」


 兄は水晶玉に映るさっきの立ち回りを確認しながら、しきりと頷いております。

 そう。

 彼はいま大国の騎士団長の職を辞し、異界よりもたらされた娯楽文化のひとつであるところの――いわゆる『動画配信者』をしているのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る