赤人オリンピック。

「そもそも人間の種類が違うのでは?」


多様性が叫ばれすぎて、喉が枯れそうになってきた頃、オリンピック、世界陸上などの上位選手が特定の人種に偏っていることに、違和感をいまさら持ち始めた人がいた。その小さな声は、やがてこだまし、大きな潮流となろうとしていた。


「あれを日本人と言って良いのか?」


映画やアニメ、ネットドラマなどのキャスティングで、人種の多様性が重要視されていたが、スポーツの分野では、明らかにハイスコアランカーに、人種の偏りがある。人間の種類とは、何だろうか?人間と犬が別の種類であることは、疑いようのない事実である。では、交配可能であれば、人種の違い、遺伝子の違いは、全て『個性』と考えるべきなのか?


「SDGs」


その言葉が全人類に課せられた、呪いのような威力を持ち続けていたが、ある時、白人、黒人、黄色人種、どれにも属さない【新しい】人種が、旧共産圏の国から生まれだした。燃えるような赤髪、赤銅の肌、赤い瞳、新しい人類『赤人』の誕生である。


赤人は、既存の人種の遺伝子を全て持っていて、とりわけ身体能力がずば抜けていた。赤人が参加した最初のオリンピックで、100メートル走を3秒13を記録したことで、赤人オリンピックの開始が、国際オリンピック委員会全会一致で決定されたのだ……。


赤人オリンピックは、これまでのオリンピックと日程をずらして開催された。通常のオリンピックの上位選手は、これまで通り人種の偏りがあったのだが、赤人オリンピックの圧倒的な記録の前に、誰も気にしなくなった。100m2秒78、400m3秒54、5000m21秒、走り幅跳び4km……圧倒的であった。普通のオリンピックで、人類初の8秒台がツァダ・ダイアンにより達成したが、拍手は疎らであった。


「オリンピックを赤人から取り戻せ」


第1回赤人オリンピック終了後、赤人排斥の思想が強まった。SDGs、多様性という欺瞞が、ついに爆発したのかもしれない。赤人は、旧人種の全てと交配可能であり、人類である。しかし、相手がどの人種であっても、子どもに現れる形質は、全て赤人のものとなり、100mを3秒台で走り抜ける。その生物的特徴が、赤人排斥をさらに加速させたのだった。そして、ついには国際紛争、戦争へと発展したのだった。


しかし、赤人を多数有する旧共産圏の軍隊は強力だった。赤人は、どんな地形も高速で移動し、ただの槍が、赤人オリンピック槍投げ金メダリストの手にかかれば、防空兵器であるスティンガーとなった。銃弾は当たらず、巡航ミサイルは、砲丸投げ金メダリストが撃墜した。


オリンピックの印象の強い赤人であるが、手先の器用さも旧人類よりも優れていて、戦車やヘリといった戦闘兵器は、起動する前にネジの一本まで分解されていた。


結局、旧人類の武力による解決、赤人の殲滅は叶わず、赤人が誕生して、30年後に和平交渉が行われた。もともと、争いを好まない赤人国家は、その交渉に合意した。そして、赤人と旧人類との婚姻の制限が約束された。それは、白人、黒人、黄色人種などの遺伝子が地球上から消滅を防ぐ意味もあった。SDGsの目標とする多様性を実現させるために、個人の価値観を否定する厳しいルールが作られたのである。


「赤の他人」


その言葉は、赤人誕生後、大きく意味が変わった。赤人を含む、人種の構成、多様性を保つよう世界各国で監視や統制が行われているが、優れた赤人の子孫を求める女性と、赤人との結婚を斡旋するブローカーが暗躍していると言う。


地球上に最初に生まれた赤人が、天寿を全うする時に、言葉を残した。


「私は、分断を望まない。赤人も含めて、人類は一つであってほしい」


その言葉は、人類に広く広がるであろうか。その年の赤人オリンピックの100m走は金メダル記録は2秒34であり、普通オリンピックは12秒04であり、パラリンピックは6秒12であった。


「あれを義足と言って良いのか?」


ちなみに、赤人パラリンピックの100m金メダル記録は、1秒03であった。SDGsの目標が達成される日は遠い。

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