人間爆弾

ナカノ実験室

俺、都庁に行くって言ったのに誰も止めてくれない。

「お隣の国では、大統領府に重機で突っ込んだ農民がいた」とか呟く。

元号が令和に変わっても、安重根の足音は聞こえない。

誰も殺さないで、刑務所に入ることはできないのか?

どうせなら目立ちたいな。演劇とかやってたし。

誰か止めてくれるかと思って、Facebookに投稿した。職場には置き手紙を残した。

いろんな店で一本ずつ買うことにした。

警備員は俺のことを警戒していない。

遠目に見たテレビで見る顔は、化粧の濃い、普通のババア顔だった。



人生は順調には進んでいない。引きこもりとか、子供部屋おじさんが事件を起こす度に、自分のことを言われているような気持ちになる。はてなブックマーク、Twitter、Facebookなどで、色々と発信している。はてブにスターがつくことはあるけど、TwitterやFacebookで、いいね!がつくことは少ない。


弱者を狙った痛ましい事件が起きるたびに、Twitterとかに「お隣の国では、大統領府に重機で突っ込んだ農民がいた」とか呟く。ネットでは、「テロを肯定するのか!」などの口喧嘩が始まるけど、Facebookでは、友達の人々はスルーする。友達たちがFacebookを続けているかどうかは分からない。近況が更新されない。


世の中に不満がある。自分の人生にも不満がある。政治の腐敗がどれだけ進んでも、平成の安重根は登場せず、元号が令和に変わっても、安重根の足音は聞こえない。そう思っていたが、いよいよ、人心の怒りは天を衝くのじゃないかと思う。そして、安重根の足音は、俺の足音かもしれない。ちょっと前にした足音は、直前で踏みとどまっていた。彼が行おうとしたことを、自分が行うなら、どう計画するか?などと想像してみる。


家族に恨みがある。ぶっ殺すなら、あいつらだと思っていたけど、最近は、あんな奴らを殺して自分の人生を終わらせる方がもったいないのじゃないか?と思いだした。誰も殺さないで、刑務所に入ることはできないのか?逮捕されたら、犯行動機を聞かれるだろうし、それがショッキングであるならば、ネットがバズるかもしれないし、自分のニュースが100ブクマとか越えるかもしれない。


いよいよ、自分の命を散らす時が来たのかもしれない。俺はテロリストだ。パチスロにも負けたし。誰も殺すことなく、世の中に鉄槌を下すことはできないのか?どうせなら目立ちたいな。演劇とかやってたし。めちゃくちゃ包丁を持っていくとかどうだろうか。


「これから僕は令和の安重根になります」


誰か止めてくれるかと思って、Facebookに投稿した。だけど、それに、反応をしてくれる人はいなかった。どんどんと気持ちが追い込まれていく。誰か止めてくれたら、止まれたのかもしれない。安重根の足音が聞こえる。いつも、いいね!をくれる友人も、その投稿はスルーした。


迷惑をかけることになるから、職場には置き手紙を残した。事件後に取材があるかもしれないし、その時は、計画には無関係だし、切り離してくれたら良いと書いておいた。東京に向かう長距離バスの中とかで、職場から電話とかLINEが入ってきて、止めてくれるのじゃないか?と思ったけど、何もなく、早朝に東京駅フィクション八重洲口に到着した。


一つの店で大量に包丁を買ったら、このご時世怪しまれるだろう。東京は店が多いから、いろんな店で一本ずつ買うことにした。量販店とか、専門店とか、100円ショップなど、とにかく色んなところがあった。東京に来たのは、中学の修学旅行以来かな。100円ショップでは、ビニール紐も買った。ガソリンはどうしよう……と思ったが、買わないことにした。パニクったら、ばらまいて爆発とかさせるかもしれない。サラダ油を買おうかと思ったけど、ネタ色が強すぎる。


夕方に現場につく。公務員達は、18時の定時に仕事を終わらせるのだろうか?遠目に見ていても、近づいていくまで、警備員は俺のことを警戒していない。近づいても警戒しない。何度か通り過ぎたけど、俺のボストンバックには、数十本の包丁が入っていることに気が付かなかったようだ。


Googleマップで都庁近くのトイレを調べる。すごい沢山ある。その中で近場を選び、個室で準備を始める。包丁の柄をビニール紐でしばり、包丁のすだれや、包丁の首飾り、レイのようなものを作ろうと思う。これらをジャラジャラとコートの下に忍ばせて、突撃したら、ものすごい社会的なメッセージになるだろうし、誰も殺さなくても、刑務所に入ることになるのじゃないか?と思った。


さあ、作業を始めようと思ったら、おしっこがしたくなってきたから、一度、個室を出る。そうすると、外が騒がしくなってきたから、外に出てみた。テレビで見たことあるような、テレビの中継車が集まっていた。そして、それがどういう仕事、公務なのかは分からないけど、俺が引導を渡したい奴がそこにいた。


遠目に見たテレビで見る顔は、化粧の濃い、普通のババア顔だった。念の為に双眼鏡で確認すると、やっぱりババアだった。脳内補正?ババアはババアだとしても、美ババアだと勝手に思っていた。化粧は濃い。仮に、襲撃が成功したとして、身体のフォルムからその中身を……想像を巡らす。もしも、俺が国会を選んだら、ババアがババアなんだから、ジジイはジジイなんじゃないかと思った。痩せたジジイ。


萎えた。すごく萎えた。俺は、令和の安重根じゃなかった。大量に買った包丁は、メルカリで売る。スマホが鳴る。職場からだ。


「手紙の内容、マジ?」


「小道具です。芝居で使うやつ。コロナでいつになるか分からないですけど」


スカイツリーでも見て、帰ろうと思う。バスの予約せな。

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