第三幕 1月1日 午前1時の迎春

これぞ日本!

と言うような安っぽい繁華街、道のど真ん中で一際目立つ風態の二人組の男達が何やら小競り合っていた。


「その神社とやらは何処なのだ、ノーランマーク!さっきから我ら同じところを巡ってはいないか?」


長い黒髪の神秘的な雰囲気を醸す青年ラムランサンが、ゴージャスに金髪を靡かせた男、ノーランマークに尊大な口調で文句を垂れていた。


「オレに怒るなよラム。

ロンバード達に置いてかれたんだ、オレのせいじゃ無いぞ!」

「何でもこの国では一月一日にはその神社とやらに是が非でも行かねばならんというでは無いか!急がねば今年が明けてしまうぞ」


否応なく目立っている彼等の近くを一人の男がビールケースを積んだカートを押しながら通り過ぎようとしていた。


「カウントダウンと共に鳥居とやらに金を投げ入れないと不幸になると聞いたんだが、この地図は見れば見るほどおかしな地図だ」

「この所々に書いてある猫の絵はどういう事だ?」


恐らく彼等の見ている地図は地域猫の描かれているマップなのだ。

途切れ途切れにしか分からない英語だったが、初詣のことを分かっていそうでそうでも無い二人の会話が可笑しくて、その男はさほど喋れもしないくせに、ついつい彼らに話しかけた。


「アンタ達、神社に行きたいのか?(日本語)」


二人が振り向くと、腰にギャルソン風のエプロンを巻いた男が、バリバリの日本語で話しかけている。


「そうです、そうです!その『ジンジャ』を探しているんだが見つからなくて(英語)」

「ならその道を右に曲がって行けば分かるよ(日本語)」

「あの道だね?(英語)」

「そうそうその道(日本語)」


神社と言うキーワードだけで不思議と会話が成立していた。

ちゃんと教えた道を二人は歩いて行くか何となく心配で暫く男は彼等の後ろ姿を見送った。


「大丈夫かねえ、あの二人。店がなければ連れて行ってやれたんだがなあ」


心許なく見送っていたが、店では今、彼の恋人がてんてこ舞いで手伝ってくれている。そう思うと一刻も早く帰らねばと、勢いよくカートを転がす男だった。



「先生!ただいま!悪りぃ遅くなった!そこで妙な外国人が迷子になっててよ」


店の裏口から店内に飛び込むと、狭い店内は案の定大盛況。

馴染みの客達はここでカウントダウンをするつもりでいるらしく、注文の飛び交う中ではアドレナリンを沸騰させた先生こと秋山が困った顔をして立ち働いていた。


「八神さん!遅いですよ!僕カクテルの作り方なんて分かんない!早く作って下さい!ええと、スプートニク、シャンディガフ、ナイアガラシャンディと、あと何だっけ…」


両手いっぱいに空いたグラスやら空き瓶やらを運びながら頭は既にパンク状態だ。


すまんすまんと言いながら、八神は大急ぎでカウンターの中でカクテルグラスを並べ始めた。

奥のキッチンでは秋山が大慌てで注文のパスタを作り始めた。

そんなてんやわんやの最中、容赦なくまたルナ・ロッサに客がやって来た。


「いらっしゃいませ!すいません、今カウンターしか空いてないんですが」


やってきた客は李仁と棗だ。

騒々しさに圧倒されながらも、いい感じの店内に誘われるように「大丈夫です」と言って二人は奥のカウンターへと腰を下ろした。

賑やかでも嫌な感じは無く、其々の話に耳を傾けると、その話の輪に加りたくなるような魅力的な店だった。


「すみません、うるさくて。いつもはもう少し静かなんですけどね…」


厳ついがバーテンダーがさまになっている八神が申し訳なさそうにカウンター向こうから話しかけてきた。


「我々が来た事でますます忙しくさせてしまったみたいで…」


李仁が周りを見渡した。


「とんでもない!大歓迎ですよ。…さて、何になさいますか?」

「私、冷え冷えのシャンパンが呑みたいです。李仁さん、仕事納めと新年の乾杯をしましょう!」


その一言で二人はシャンパンと、パスタとピザを頼んでいた。

かしこまりました。と言う八神の声は落ち着いていて、よく見ればなかなかのいい男だ。


「何処を見ているんだい?妬けるじゃないか」


八神を見つめている棗の顎先を李仁の人差し指か捉えて己へと向けた。


「やだ。ヤキモチですか?李仁さん。心配ならいっぱい愛してくれないとね?」

「これ以上どうやって?」

「それは…、ふふっ、恥ずかしくて言えません」


そんな甘いムードを漂わせつつ、テーブルに滑るシャンパンで乾杯をし、意外と美味しいパスタとピザを二人は平らげて行った。

最後にカシスオレンジとウィスキーで締めくくる頃になっても周りの客は一向に減らない。

ますます忙しさを増す八神と秋山を棗はさっきから心配そうに見ていた。


「ねえ、李仁さん。私少しあの方達のお手伝いをしてもいいですか?なんだか忙しそうで可哀想…」


世間擦れはしていても、こう言う所のある棗を李仁はとても好きだった。

良いよというと、棗は嬉々としてお手伝いを願い出ていた。


袂に入れていた襷を掛けた棗は実に頼もしく見えた。

秋山も八神もお客さんにそんな事はと恐縮してはいたが、猫の手も借りたい今は有り難く手伝ってもらうことになった。

小柄な棗は無駄のない動きで、卒なく働く。

その様子に八神も秋山も驚いていた。

お陰で店は少しづつ落ち着きを取り戻して行った。

楽しく呑んで食べて働いて、やっと棗も李仁も帰り支度となっていた。

すると何やら店内では一斉にカウントダウンが始まった。


「5、4、3、2、1、ハッピーニューイヤーー!」


口々に新年を祝いながら、誰かが持ち込んだクラッカーが鳴り響いた。

何処からともなく紙吹雪が舞い上がり、店で振る舞われたシャンパンで皆で乾杯をした。

棗と李仁も知らない人の輪の中でいつになくはしゃいでいた。


「楽しいニューイヤーですね!このお店に来て正解でしたね!」


ほんのりと頬を上気させた棗がいつになく子供のように嬉しそうにはしゃいでいた。


そんな棗が愛おしい。


大騒ぎをする人々の中に紛れて李仁が棗の唇を奪った。


「今年も宜しく。棗」

「勿論!勿論ですよ李仁さん!宜しくお願いします。

愛してますよ、誰よりも」


そう言うと、棗は李仁の首を思い切り抱きしめていた。


まだ盛り上がっている店をようやく二人が出て行こうとした時、秋山が待ってと呼び止めた。


「今日は有難うございました。本当に助かりました。

お給金代わりにこれ、持って行って下さい」


差し出された白いビニールからはニンニクのいい香りが漂っている。


「揚げたての唐揚げです。冷めても美味しいやつですから」

「うわぁ!嬉しい!良いんですか?」


棗は法外に喜んだ。


「返って気を使わせてしまって申し訳ない」

「いえいえとんでもない!また是非立ち寄って下さいね。良いお年を…」


そう言う秋山の後ろから、カウンター越しに八神が手を振るのが見えた。


「良いお年を!」


外は寒かったが、何故だか少しも寒さを感じない。


「ねえ、李仁さん。このすぐ近くの神社に立ち寄って行きませんか?」

「そうだね、たまには違う神社にお参りするのも悪くない」


名残を惜しむ除夜の鐘はまだ鳴り響いていたが、二人の気持ちははや初詣の神社へと向いていた。


元日、午前1時。寒空の中、心は暖かい迎春だった。















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