【コラボ作品】目が覚めたらそこは、狼の森でした
結月 花
web小説作家はお願いだから完結ボタンを押して!
目が覚めたら、そこは深い森の中だった。周りに見えるのはどこまで行っても木、木、木。うっそうとした森の中に、本間はポツンと一人立ち尽くしていた。
「また何かの物語に巻き込まれたのか……」
そう言いながら
机の上に山と詰まれた夏ミカンを見ながらどうやって食べきろうかと頭を抱えていたのを思い出す。自分はあまり料理が得意ではないから、確か姉に聞こうとしていたはずだ。
そこまでの経緯を思い出し本間はハッとした。自分の隣に座り、黙々とスマートフォンを眺めながらミカンを食べていた美少女の姿が脳裏によぎる。
(姉さん……!)
自分が物語の中へ入っているということは、おそらく一緒にいた姉もこの世界へ来ているはずだ。本間はキョロキョロと辺りを見回して夏美を探す。都道はとりあえずほっておくことにした。簡単にはやられなそうだし。と言うか多分やつの体は殺しても死なない成分でできている気がする。
「姉さーん!」
声を張り上げて姉の名を呼ぶ。返事はない。本間は服についた土を払って立ち上がると、キョロキョロと辺りを見回した。ここは一体どこの物語なのだろうか。森の場面という情報だけではジャンルの判断がつかない。異世界ファンタジーなのか現代ものなのか、もしかしたら自然を守りましょう系のドキュメンタリーかもしれない。NHKがやってる系の。
「姉さーーーん!!」
もう一度姉を呼ぶ。だが、本間の声は光をも遮る木々にたちまち吸い込まれて消えた。
本間の額に汗が流れる。まさか姉に何かがあったのでは……。サクサクと草を踏みながら森の中を進むうちに、何か獣のうなり声のようなものが聞こえたような気がした。
(森の中……獣がいるのだろうか。まずい、今日は休日だったから日本刀を持っていないぞ)
ここで獣に襲われれば、丸腰の自分は一貫の終わりだ。冷や汗をかきながらも本間は慎重に歩を進めて行く。その時、前方でカサカサと草が揺れる音がして本間は立ち止まった。
「姉さん……?」
思わず草むらに声をかけると、きゃっ!と小さな悲鳴が聞こえて、中から女の子が飛び出してきた。腰まであるふわふわの銀髪とぱっちりした大きな金色の目。だが、その頭には何か動物の耳……おそらく犬の耳がついていた。
「獣人……!」
と言うことは異世界ファンタジーか。やっとこの世界の情報を得ることができると思い、本間は女の子に近づいていく。
「やぁ。君、名前は? 日本語は通じるかな。少し聞きたいんだが、この辺りに長い黒髪の女の子は──」
だが次の瞬間、ゾワリと肌が粟立つのを感じて本間は反射的に振り返った。激しい一輪の風が本間の髪を撫で、突如目の前に飛び出してきたのは一匹の黒狼だ。全身の毛を逆立て、白い牙を剥き出しにしながら睨み付ける狼は本間が知っている「狼」よりも遥かに大きい。
「ひっ!」
目の前の獰猛な狼に、本間は息を飲んだ。金色の双眼がギラギラと光っている。黒狼は姿勢を低くしたままうなり声をあげて本間を威嚇していた。背後にいる獣耳の女の子が、そっと黒狼の後ろに隠れる。
(彼女を守っているのか)
怯えた目でこちらを見る銀髪の女の子。向こうもこちらを怖がっているのだろうか。もしかするとしっかり話せばわかってもらえるかもしれないと思い、本間が黒狼に声をかけようとした時だった。
「見ろ! あそこに人間がいるぞ!!」
「この地に立ち入ることは許せん!!」
「追い出せ追い出せ!!」
突如声がして、前方から数匹の狼がこちらに向かって突進してくるのが見えた。皆目は爛々と輝いており、今にも食い殺さんとばかりに白刃の牙を剥き出しにしている。
「うわああああ!!!」
叫び声をあげながら本間は脱兎のごとくその場から逃げだした。まさか物語の世界で狼に襲われるとは思っても見なかった。時折足がもつれそうになりながらも懸命に足を動かし続ける。普通の狼よりも遥かに巨大なあの体で襲われれば生身の体ではひとたまりもないだろう。早く、早く安全な所へ逃げなければ。
「続!!」
聞きなれた声が本間の耳を打ち、本間はハッとした。声のする方へ目を向ければ、前方の木の影から、姉が顔を覗かせていた。
「姉さん!!」
安堵の声が口から漏れる。だが、今は再会を喜んでいる場合ではない。本間は慌てて姉のもとへ駆け寄ると、両手で彼女の細い肩を掴んだ。
「姉さん大変だ! 狼が来る! 姉さんも早く逃げるんだ!」
「落ち着いて続。狼なんてどこにもいないわ」
姉が困惑の表情で本間を見上げる。そんなバカな、と思って振り向くと、そこにあるのは
「追いかけて来なかったのか……?」
「よくわからないけど、とりあえずこっちに来て。都道さんもいるわ」
姉が本間の袖をチョイチョイと引っ張って促す。不思議に思いながらも、本間は素直についていくことにした。
夏美がいた場所のすぐ裏手には、木や草に隠れるようにポッカリと空いた洞穴があった。夏美に案内されるがまま本間はついていく。洞穴の中に入ると、大量の夏ミカンの側であぐらをかいていた都道が「よっ!」っとばかりに片手をあげた。
「都道、無事だったのか」
「おー。君も食われなくてよかったな」
都道がケタケタ笑う。随分と余裕な態度に本間は
「……なんだかやけに落ちついているな。ここがどの物語なのかもわからないのに」
「ああ。それに関してはさっき夏美ちゃんが教えてくれたよ」
都道がチョイチョイと手招きすると、夏美が立ち上がり、静かに本間の側に座った。
「多分、ここは『白銀の狼』っていう小説の中だと思う。私がさっきまで読んでいた小説と雰囲気が似ているもの」
「白銀の狼?」
そんな小説は聞いたこともないし、ましてやうちにあった覚えすらない。本間が首を傾げていると、夏美が手に持っているスマートフォンの画面を本間に見せた。
「これ、web小説なの。見て」
夏美が差し出すスマートフォンの画面を覗く。スマホはもちろん圏外になっているが、先程まで開いていた画面はそのまま表示されてた。画面の左上には「カクヨム」。そしてすぐ下には「白銀の狼」の文字が見える。先程ミカンを食べながら読んでいたのはこれだったのか。
「web小説か……エタりの宝庫だな。こりゃ一筋縄じゃいかないぞ」
都道があぐらをかいた膝に頬杖をつきながらボソッと呟く。だが、本間は違和感を覚えて姉に向き直った。
「でも姉さん。姉さんは完結作しか読まないんじゃなかったっけ?」
そう。web小説とは1秒間に1作品うまれ、同時に1作品エタッていくエタリパラダイスの世界だ。だからこそ、休日に本間が物語に取り込まれないよう、夏美は本間と一緒にいる時は完結作しか読まない。
本間の言葉に夏美はこくりと頷いた。
「うん、白銀の狼は1年前に完結してる。この物語が暴走したのは、多分これが原因だわ」
夏美がスマートフォンをスクロールし、画面を指差す。ページの下には作品の概要が書いてあった。白銀の狼、連載中、65話、227,821文字。
──連載中?
「……まさか!」
「そう。この作品は一度本編を完結させてから、期間を置いて番外編を更新しているわ。カクヨムだと、新たにエピソードを追加するときに一度『完結済』から『連載中』のステータスに戻す必要があるから……」
「その後ステータスを完結済に戻し忘れたから未完!? んなわけあるか!」
衝撃の事実に本間は文字通り頭を抱えた。話の内容としては完結しているのに、ステータスが「連載中」だから未完扱いになるだなんてそんな馬鹿な話があるはずない。だが、実際に本間達がこの世界に来ているということがその事実を物語っていた。物語だけに。
「と言うことは、作者になんとかしてステータスを『完結』に戻してもらうしかないわけだな」
「そうだな。物語としては完結しているのだから、他に書きようがない」
本間の言葉に都道がうんうんと頷いて口を開く。
「なんとかして作者に気づいてもらうしかないな。あなたの作品のステータス、未完状態になっていますよ、と」
「うーん。となると、ヒントを探す為にもとりあえずここから出て手掛かりを探すしかないな……。でも外は危険だぞ。俺はさっき複数の狼に襲われかけた」
本間が眉を潜めると、夏美が考え込むように
「このお話は人と狼の姿を持つ人狼という種族が主人公なの。後半で彼らは人間と戦うことになるんだけど……人狼を家畜としか見ない人間を、彼らは敵視しているわ。続が襲われたのもそれが理由かも」
「人間を襲う狼か……サバイバル系の小説かな」
「白銀は恋愛小説よ」
「恋愛小説!?」
まさかの恋愛小説だった。
どう見てもバイオハザードなのだが。
「白銀の狼は、人狼の村にあって一人だけ狼に変身できないレティリエという女の子が主人公よ。力の強さが全てとされる人狼達の村では彼女は足手まといとして爪弾きにされていたの。でもレティリエは幼馴染みで力の強いグレイルという黒狼にずっと片想いをしていて、でもその恋は口に出しちゃいけないものだからずっと心に秘めていたの。ある日人間達が美しい彼女を拐って、助けに来たグレイルも一緒に捕まってしまって、そこから人間を出し抜いたり、人間と戦ったりして最後は結ばれる物語だったわ」
「未読者への配慮がすごいな」
「おい、メタ発言は控えろ」
だがやけに都道が落ち着いていた理由がわかった。恋愛小説なら確かにそれほど猟奇的な展開にはならないだろう。本間が少し安心していると、地面に座ってあぐらをかいていた都道が立ち上がった。
「だが、ずっとここにいるわけにもいかない。ひとまず外に出るぞ」
大量のミカンはその場に残したまま、三人はとりあえず外に出た。だが周りにあるのは木々ばかり。どこから手がかりをさがせば良いのか見当すらつかない。本間がとりあえず適当な道を行こうとした瞬間、都道がぐっと本間の肩を掴んだ。
「待て。誰かいる」
さすがは本職の刑事だ。鋭い目付きで前方を睨み付ける都道の視線を追うと、彼の視線の先にある木の影から女の子が顔を出していた。日に煌めくような銀髪の中からひょっこりと獣耳が覗いている。
「あの子は……」
「知っているのか?」
「さっきいた子だ。話しかけようとしたら黒狼に襲われかけた」
銀髪の女の子は、半身を木に隠しながらも、モジモジとこちらを見ている。怯えている様だが、何かを伝えたがっているようにも見えた。
「あの子、何か話したそうにしていないか?」
「ああ。でも迂闊に近づくと俺みたいにまた黒狼に襲われるかもしれない。ここは慎重に……」
「続。私が行くわ」
背後から凛とした声がした。ハッとして振り向くと、真剣な顔をした姉がそっと本間のシャツの袖を引っ張っていた。
「姉さん。ここは危険だから、俺か都道に任せてくれないか? さすがに姉さんを行かすわけにはいかないよ」
「でもあの子、怖がってるんでしょう? 同じ年頃の私が行けば多分警戒をといてくれるわ」
「……いややっぱりダメだ。ここは俺が行く」
「続。これは何かしらの手がかりを得るチャンスよ。多分あの子は主人公のレティリエだと思う……人を傷つけられない優しい子だから、大丈夫」
そう言うと、夏美は前方に向かって歩きだした。慌てて本間も後を追うと、狼の女の子の背後から大柄な男が飛び出した。彼は女の子を庇うように前に出ると、金色の目で鋭く睨み付けてくる。ツンツンした黒髪とそこから生える狼の耳。身長は本間や都道よりも高く、獣人らしい筋肉で覆われた肉体は、武道の心得がある都道でもてこずりそうだ。本間は反射的に身構えるが、夏美は毅然とした態度で一歩前に進み出た。
「私達は怪しい者ではないわ。私とあなたで話しましょう? そうしたら怖くないから」
夏美が銀髪の女の子に声をかける。女の子は逡巡するように目を泳がせた後、彼女の前に立つ男の服の裾をチョイチョイと引っ張った。
「グレイル。大丈夫。悪い人では無さそうよ」
「だがレティ、人間達にされたことを忘れたわけではないだろう? 迂闊に近づくのは危ない」
「多分、あの人間達とは違うわ。あの子の後ろにいた男の人が、さっき困った顔をしていたから」
そう言って彼女が指差す先には本間がいた。先程自分が仲間を探していたことを心配してわざわざ来てくれたのかもしれない。見た目は人間とは異なった容姿をしているが、優しい子であることがわかって本間は少しだけ警戒をといた。
夏美と銀髪の女の子が近づく。二人で二言三言交わす。夏美の言葉に銀髪の女の子が微笑むと、夏美は踵を返して本間達の元へ戻ってきた。
「やっぱりここは『白銀の狼』の中で、あの子はレティリエとグレイルだったわ。彼らの家に案内してくれるって」
「本当か? 本当に大丈夫なんだな?」
「ええ。私達が彼らを襲わない限り、彼らも私達を襲わないことを約束してくれたわ」
「まぁ……他に行くところがないなら、彼らの家に厄介になるしかないな」
夏美の言葉に都道が頷く。意思をかためた三人は、本間を筆頭に揃って彼らの元へ歩いていった。
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