帝国の躍進

 ヴェルサイユ帝国が誕生し、五年間続いた大陸大戦が終結しておよそ半年。


 皇帝シャルルは、大陸軍グランダルメの巨大な軍事力を背景に大陸諸国への圧力を強めていき、最終的には帝国への従属化を要求するようになった。


 つい先日も聖騎士パラダンオリヴィエ・ド・ラグランジュ元帥が軍団を率いて、帝国への恭順を拒否したナバラ王国を陥落させたところだ。


 そのオリヴィエは今日、帝都リュミエールに帰還した。

 皇帝シャルルにナバラ王国征服の報告をすべく、現在皇帝の居城となっているフォンテーヌ宮殿へと訪れていた。


 リュミエールのほぼ中心地に位置するこの宮殿は、旧王国時代に“王家の別荘”として利用されてきたもので広大な敷地と壮麗な建物を有している。

 革命後は宮殿内の調度品などが革命政府の資金集めのために売り払われはしたものの、宮殿そのものは革命政府も処分に困って半ば放置されていた。


 それだけに皇帝シャルルが新政府を設置する場所として最適だろうと考えて、この地が今やヴェルサイユ帝国の政治の中心となっている。


 オリヴィエが玉座の間へ向かって、宮殿の大回廊を歩いていると、前から大陸軍グランダルメのベルティエ将軍が現れた。


「これはラグランジュ元帥閣下。ナバラ征服、おめでとうございます」


「ナバラの武力などたかが知れています。戦う前から結果は見えていました」


「ご謙遜を。……ところで、閣下といつも一緒におられたエックミュール元帥が行方を眩ませたと伺いましたが?」


 エックミュール元帥。つまりはローランの名を聞いた瞬間、オリヴィエの眉がピクッと動く。

 ローランは三ヶ月前に聖騎士パラダンの地位を返上するとだけ告げて姿を眩ませてた。

 噂では皇帝と帝国のやり方に不満を抱いた事が原因と言われているが、真偽のほどは明らかではない。


「彼は元々自由奔放な性格ですから、元帥というお高い位に留まっているのが耐えられなかったのでしょう」


 実のところオリヴィエもローランの出奔の理由は知らなかった。

 なぜなら、ローランはオリヴィエに何も告げずに姿を消したからだ。


「お二人はいつも片時も離れずにご一緒でしたから、ご心配では無いのですか?」


「そんな事はありませんよ。彼は賢い奴ですから、どこへ行っても無事に生きているでしょう」


「そうであれば良いのですが。……と、話が少々長くなってしまいましたな。皇帝陛下は玉座の間におられます。では私はこれにて」


 ベルティエは一礼すると、足早にその場を後にする。



 ◆◇◆◇◆



皇帝騎士団パラダン・ド・シャルルマーニュ聖騎士パラダン、オリヴィエ・ド・ラグランジュ閣下、ご入来!」


 玉座の間に控える近衛兵の声が荘厳な広間に響き渡る。

 それと同時に広間へと続く大扉が開き、オリヴィエは玉座の間へと足を踏み入れた。


 玉座に座る皇帝シャルルの前まで歩みを進めると、オリヴィエは優雅な動作でその場に跪く。


「皇帝陛下、只今、ナバラ王国征服の任を終えて帰還致しました」


「ご苦労であったな、ラグランジュ元帥」


 皇帝シャルルは、大陸の覇王らしく豪華な衣装に身を包んではおらず、無地の黒衣という極めて簡素な装束を纏っていた。

 これはかつての彼の主君である、聖導教会最高司祭パトリアルケータの質素な装束に倣っての事と表向きにはしているが、実際には魔導教会の正装を意識してのものだった。


「我が大陸軍グランダルメは、先月から数えても既に三つの国を陥落させた。帝国による大陸制覇の時は近い。その時こそ大陸は真の平和を迎える」


 皇帝が不敵な笑みを浮かべる。

 大陸大戦が終結してからと言うもの、ヴェルサイユ帝国の勢力は日に日に拡大していき、ガリア大陸のおよそ七割は帝国に征服されるか、その傘下に加わっていた。

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